資料2022

連続シンポジウム 東海第二原発 避難問題を考える

第2回 福島の10年から考える

 

2022年2月26日

オンライン開催

 

 

小張 皆さんこんにちは。今日はいいお天気で、福島の10年から考える避難計画の問題点ということで、第2回目のシンポジウムを始めさせていただきたいと思います。

去年の12月に開催する予定だったんですが、いろいろな事情で日延べになって今日ということになったんですが、まだコロナの状況が厳しいので、全面ズームということで行わせていただきたいと思いますので、最後までどうぞよろしくお願いいたします。

1時から4時までということで始まっていますが、状況によってはちょっと早めに切り上げるようなこともあるかもしれません。途中で5分ぐらいの休憩を挟みたいと思います。

最初に第1部として、青木美希さんにお話をしていただきたいと思います。本を出版しておられる『いないことにされる私たち』ということから、避難者の問題をお話ししていただきます。

青木さんは震災直後から現場に足を運んでいろいろ取材をしていただいていますので、私も、この新しい本もですが、『地図から消される街』を読み直してみて、やはりすごい取材力だなと思っておりますので、ぜひ皆さんも、まだお読みでない方は2冊とも読んでいただきたいなと思います。

第2部は座談会ということで、井戸川克隆さんや鴨下祐也さん、鴨下全生さんとお話をしていただくことにしておりますので、どうぞよろしくお願いします。

では、青木さん、プロフィールはチラシのほうにも書かせていただいておりまして、皆さんご存じの方が多いかとは思いますが、自己紹介も兼ねながら始めていただけるとありがたいと思います。青木さん、よろしくお願いします。

 

青木  朝日新聞の青木といいます。今日はよろしくお願いいたします。貴重な機会をありがとうございます。

本当は去年行う予定で、リアルで皆さんにお会いできると思って楽しみにしていたんですが、こういう状況でということで、逆に、全国から今日ご参加されているということで、いろんな情報交換ができればなと思って楽しみにしております。

自己紹介を兼ねて、パワーポイントに落とし込んでいますので、画面を共有させていただきます。

講演のタイトルは、私の2冊目の本の『いないことにされる私たち』のほうからつけていただいております。

簡単に自己紹介します。札幌生まれ、札幌育ち、北海タイムスというところから、北海道新聞、両方とも北海道の新聞社ですが、こちらに合わせて13年半いまして、それから朝日新聞に来た。朝日新聞に来たのが2010年の9月で、半年後に東日本大震災が起こりました。

当初から現場へ行って、それから担当を外れるということが間々あったんですが、避難者の皆さんがどんどん取り残されて大変な目に遭っているという状況がありまして、ご本人たちからも取材を続けてほしいということを聞きまして、取材を続けております。

さらに、2020年の3月末で編集局を外される人事が出たんですが、それでも伝えてほしいというお声をいただきまして、取材を今も続けていまして、昨年の4月にはこの『いないことにされる私たち』を出した。

あとは、この中でご紹介しますが、インターネットメディアなどにも発表しております。今も福島に通い続けています。次は来月行く予定です。よろしくお願いします。

では、始めます。まずウクライナの話ですね。皆さんご存じだと思いますが、今チェルノブイリの話が出ていますが、実は1月26日の時点で、もう原発のことは心配されておりました。ウクライナ大使が記者会見したんですが、このときに「原発などのインフラが全て破壊されればウクライナはなくなってしまう」とおっしゃっていたんです。

懸念のとおり、原発が狙われてしまいました。

これはウクライナの大統領のツイッターです。「ロシアの占領部隊は、チェルノブイリ原発を占拠しようとしている。我が国の兵士は、1986年の悲劇を繰り返さぬよう命をかけている。これは全欧州に対する宣戦布告だ」。

ご存じのとおり、チェルノブイリ原発の影響は欧州一円に参りましたね。全欧州に対するというのはそういう意味です。

そして、とうとう、皆さんニュースでご覧になっているとおり、占拠されてしまったという状況です。スタッフの方たちも人質に取られているという状況だと、ホワイトハウスのほうで話しています。

そして気になるデータですが、放射線量が上がった。ただ、極端には上がっていないという話もあって、これは注視が必要かなという状況です。

同じAFPのこの記事が伝えています。「侵略者の恐ろしい手により、この大量のプルトニウム239が核爆弾となり、何千ヘクタールもの土地を生命が宿ることのない死の砂漠に変えるかもしれない。人々にとって恐ろしい影響をもたらす」と伝えています。

原発と、この戦争に利用されることの懸念というのは実はずっと言われていることで、これは昨年の8月に「東洋経済オンライン」というところで私が載せた記事です。

ここで、東京都立大学の元総長にお話を聞いて載せております。

「あれだけ多くの原発が日本海側に並んでいる。日本は国防上、日本海に弱点をさらけ出している。国防を思うのなら原発をやめるべきだ」。

佐野先生とお話しするたびに、「国防のために、原発があんなにあるのは危ない」ということをおっしゃっています。ご懸念のとおり、今回は原発が戦争に利用されてしまったという事例になっています。

「じゃ、原発は最悪の事態でどれぐらい危ないんですか」というところを、ちょっとおさらいをさせてください。

福島第一原発事故はレベル7、チェルノブイリと同じレベルとなっていますが、実は幾つかの偶然があって、ここまででまだ収まっている。ご存じのとおり、4号機の燃料プールに入っていた燃料、こちらが冷やし続けなければ放射性物質を出していたんですが、偶然、水がなかったはずのプールに隣のところから水が入っていて、助かった、という事案がありました。

もしもそれがなかったら、もしも4号機の使用済み燃料プールの燃料が溶けたら、という前提でつくられた最悪シナリオ、こちらでは、半径250キロ圏内を避難対象としております。250です。これは任意避難。任意避難が250で、強制避難は170キロ。強制的に半径170キロが避難の対象になったであろうということです。

ですから、皆さん、「自分のところは原発から遠いから大丈夫だ」という考えはちょっと違うと思います。偶然、なぜか今でも理由は分からないけれども、4号機のプールに水が入っていた。だから今私たちは生活できているという状況です。

250㎞圏とはどういうところかというのを、主な原発で囲っていくと、このような形になります。日本のほとんどは入っているという状況です。

「じゃ、今、原発はどうなっていますか」というところですね。これは経産省のホームページですが、10基が再稼働。そして設置変更の許可が出ているのが7基という状況です。今日は全国からご参加されていると思いますが、皆さんのお住まいになられている地域はいかがでしょうか。

政府のエネルギー基本計画では、将来的には30基動かすというふうになっていまして、エネルギー比率22%を計算すると30基になるという国会答弁があるんですが、30となると、この「設置変更許可」のところとか,「審査中」のところとか、みんな赤くないから大丈夫ということではございません、ということをご理解いただければと思います。

「今、福島第一原発はどうなっているのか」というところをお伝えしたいと思います。

これは有名な演説ですよね。安倍さんは「アンダーコントロール」と、五輪の招致演説で言いました。

さて、現在、アンダーコントロールでしょうか。このアンダーコントロールというのはどういう意味かというと、「汚染水による影響は、福島第一原発の港湾内の0.3平方キロメートル範囲内で完全にブロックされているという意味だ」というふうに質問に答えているわけですね。そうでしたかね、今はどうですかね、というところですね。

去年の2月、新地町沖のクロソイから500ベクレル出てきたんですね。

あ、離れていますね、これだけ離れたところから出てきているというところです。ここの下の丸は、福島第一原発です。上の丸が新地町の沖ですね。

さらに、4月に南相馬市沖からも出てきた。南相馬市、このちょっと下のほうにありますね。

そして、今年の1月、ちょうど1か月前ですね、今度は相馬沖から1,400ベクレル。基準というのは1キログラムあたり100ベクレルですから、14倍、こちらが出てきているわけです。

さあ、アンダーコントロールは本当でしょうか、というところですね。

これは1号機です。上が骨組みの状態になっています。2020年11月に私が行ったときの写真です。私はここに、左から2番目にいて、東電の人に食い下がっているというところですね。

大きく見ると、当時のまま壊れているというところが見えます。上で、カバーで囲っていると、きれいになったかのように見えますが、ちょっとズームすると、こういうふうになっているということです。

そして、こんなところもあったんですね。ここは何の配管でしょうか。2号機と3号機の間です。この赤いポツというのがついているんですが、マイクロシーベルト/アワー、1時間当たりのマイクロシーベルトという表記になっていますね。

409というのはどういう数字でしょうか。私がこの配管を見に近寄ると、東電の人に「青木さん、近づいちゃだめですよ」と言って、よけるように言われました。

409はどういう数字ですかというと、ここは大熊町なんですが、大熊町ですと、事故前は0.03から0.04マイクロシーベルト・毎時あった。これが409。比較すると1万倍以上というふうになるわけですね。それぐらい高くなっているということです。

じゃ、人々がもともと住んでいた地域はどうなっていますかということで、これは浪江町の津島地区に行ってきました。「浪江ってどこですか」というと、さっきの地図をちょっと出しますね。

双葉があって、その上に浪江があるという状況です。放射性物質は、風向きで、大体、北北西の方向に来ましたので、山のほうですね、この地域が、浪江町・,津島です。昨年の11月に行ってきたとき。

こんなに紅葉はきれいなんですが、家を全部覆っているという状況があちこちで見られました。バリケードが右のほうに張ってあるのが見えると思います。国がバリケードを張って、帰れない。それが帰還困難区域です。

この地域に住んでいた柴田さんという方に、おうちに連れていってもらいました。このゲートをくぐって、山道を通って着いたのがこの柴田さんのうちです。中はこのような形で、時が止まったかのようになっているんですが、あちこちにクモの巣があるという状況でした。

この家の敷地に生えていた木なんだそうです。地産地消で、自分の敷地にあるところの木で家を建て、このこたつは炭ごたつ。炭も、自分のところでとれた木から炭にして使っていたという、地産地消の暮らしをしていた。

ここの柴田さんの家の隣に、柴田さんのご両親のおうちがありました。こちらは、こことの違いは、ここは下のほうにベニヤ板が張ってありますね。イノシシが入らないようにベニヤ板を柴田さんが張って、イノシシよけにしていました。だから、イノシシに荒らされていないんです。こちらのおうちは、隣なんですけど、板を張ってなくて、イノシシに入られてしまいました。

ちょっと動画で皆さんにお見せします。ズームの仕様で、見ている媒体によってはちょっとカクカクするかもしれません。

(動画)

こういう状況でございました。

ここは、いつ除染に入るかというのが決まっていない状況です。

じゃ、今日は県外から参加されている方も多いと思いますので、県外の影響はどうなっていますかというところを見ていきます。

林野庁のこのページを見ると、出荷制限の状況が載っています。16の県、青森県から山梨、静岡のほうまで、出荷制限が続いております。

「へえー、そうだったの」と大体驚かれるんですが、NHKさんとか、大体ローカルニュースで、「野生キノコから今年もセシウムが出ました」というのを流しています。ローカルニュースで、それがインターネットに出ているという状況でございまして、なかなか首都圏の人には伝わっていないようですね。いつもツイッターでこれを紹介するとびっくりされるので、そういう状況になっています。

今日は、せっかく井戸川さんとご一緒しているということで、双葉の状況を含めて、ちょっと皆さんに3つ、井戸川さんにも質問しつつ、考えていただきたいなと思います。

「本当に避難できるんですか」というところですね。今もウクライナで避難する車が渋滞している姿が映っていますが、「本当に避難できるんですか」というところ。

そして、避難者の数が消されていくという状況。

なぜ、それでも各地で再稼働が進んでいくのかというところについて、具体的な事例に進みながら、ときどき井戸川さんにご意見も、もし伺えればと思っています。

「事故時に避難ができますか」というところです。双葉町の石田さん夫婦の場合です。

75歳の次雄さんとアイ子さんのご夫婦でした。次雄さんは建具職人で、シルバー人材派遣センターで障子張りの腕がいいという評判でした。職人気質の方で、ふだんは無口なんですけど、酒を飲むと陽気になるという方でした。

アイ子さんは、近所づき合いが大好きで、年中、自宅の畑でカボチャ、トウモロコシをつくって、近所の人に配っていました。果実酒づくりもしていたんですね。お孫さんを抱いて、笑顔の写真です。

長男の賢次さんは、お姉ちゃんと「来年は金婚式だから、みんなで集まって温泉とかに行くのもいいよね」と言っていたところだったんですね。

そこで、東日本大震災が起こりました。地震の後、賢次さんはご両親と連絡つかないんですね。今は皆さん携帯を持っていますが、お二人とも持ってなくて、家電もつながらない。連絡がとれなくなった。賢次さんは、避難所も10か所近くに問い合わせても、いない。逃げてくれているだろうと思っていたわけですね。で、地元ラジオ局に頼んで、「この人の行方を探しています」というのが当時ずうっと流れて、私も現地でずうっと聞いていましたけれども、それにも流してもらったんですが、何も情報は来なかったんですね。

賢次さんは「おれが助けに行くのを待っているんじゃないか」と思ったんです。双葉は通行止めになっていたんですが、裏道を知っているので何とかたどり着けるだろうという自信はあったんです。「人の命がかかっているんだ」と言えば通してくれるだろうと思っていたわけです。でも、やっぱり周りから「小さい子どもがいるのに何かあったらどうするんだ」と止められて、行けなかったんですね。

それでも見つからなくて、連休に入っちゃった。3月19日(土)、20日(日)、21日は春分の日で、休日明けを待って、22日に役場に電話したんです。「自衛隊に、うちの両親を見に行ってくれるように頼んでもらえませんでしょうか」。

そうすると、次の日に役場から電話があった。二人の遺体がありました。家は、津波でぬかるんでしまっていて、橋が落ちていて、すぐに収容できません。4月4日、電話がありました。「遺体を収容しました。確認して引き取っていただけませんか」。5日、南相馬市のお姉さんと行きました。

覚えていらっしゃいますでしょうか。当時、柩が足りなくなって、ペラペラの柩がいっぱいありました。行くと、ベニヤ板のような薄い木の柩があったんです。開けると、グレーの遺体収容袋がありました。チャックを下ろしていくと、黒くやつれ、変わり果てたお父さんの姿がありました。口元が乾いて、半開きで、水を飲みたそうでした。目を見開いていました。苦しそうな表情でした。何かをつかもうとしていたかのように、右手は少し浮いていました。

家は、1階は津波に遭っていて、1階でお母さんは津波にやられて亡くなっていました。お父さんのほうは2階の布団の中で見つかったんです。2階は津波にやられてなかったんです。死亡推定日は3月21日となっていました。10日間は生きていたということかと。

21日ってどういう日だったですか。連休で、遠慮して電話しなかったという日だったですね。10日間は生きていたということかと。賢次さんは声が出ませんでした。お姉ちゃんは泣き崩れました。

賢次さんは、後におうちに行ったんですね。そうしたら、お父さんが見つかったところ、お父さんが横たわっていた布団の横の枕元には、2.7リットルの大きいペットボトルがありました。お母さんが、アイ子さんがよくこの大きいペットボトルに果実酒を漬けていたんですね。だからこれは果実酒だったんじゃないかと。ブルーベリーかなと言ってましたけど、少し残っていた。賢次さんは「最後にお父さんの命をつないでいたのは母の果実酒だったのか」とおっしゃっていました。

そして、「原発事故がなければ父だけでも助けられたのに」と。「私は、止められたけど行けばよかったんだ」ということを、何度も何度も、後悔しておっしゃっていました。

お医者さんにも私は話を聞きに行きました。お父さんは雨合羽を着ていたそうです。当時、寒かったですね。3.11、とても寒かったですね。雨合羽着ていて、骨と皮で、腹が極端に凹み、干からびていた。60キロあった体重は38キロしかなかった。標葉先生は、「ああ、ひどいな」「餓死だ」と思いながら遺体を見ました。60キロの人が38キロになるには10日はかかるとして、死亡推定日を21日とした、とお話ししていました。

標葉先生が見ただけで、あと4人、同じような方がいたということをお話しされました。富岡町の60代女性は、こたつの中で痩せこけた状態で見つかった。足が不自由で逃げられなかった。大熊町の男性63歳は、駐車場でガス欠の車の下で見つかった。多分、寒かったので暖を取ろうとしたんじゃないかと標葉先生は言っていました。

60~70歳代の男性、女性は、それぞれ家で見つかったということです。

標葉先生は、「助かる人を死なせたのは原発事故なんです。私がこうして話すのは鎮魂のためなんです」ということで、私にお話ししてくださいました。

「どうしてこういうことになってしまったのかな」というのは思いながら取材をしておりました。どうして、石田さんご夫婦、もしかしてお母さんのほうも、初めのほうだったら助けられたかもしれないですよね。どうしてかなと思って、知っている人はいないかなと思って探したんです。見たという人、いたんですよ。2階から、石田さんちの家の前が道で、そこを通ってみんな避難していた。そうしたら、2階から、次雄さんが見ているのが見えた。次雄さんの姿が見えた、ということをおっしゃっていた方がいました。

賢次さんに話したら、「どうして助けてくれなかったのかな」ということをおっしゃったんですけど、やっぱり皆さん、避難で、自分のことがいっぱいいっぱいですよね。なかなか難しいのかなと思います。

井戸川さんの今日のお話をとても楽しみにしていたんですけど、井戸川さんの本、『なぜわたしは町民を埼玉に避難させたのか』の中、こういう表現が載っております。バスも来なかった、おのおのに車を使って避難してもらうしかなかった。防災無線で「とにかくどうにかして避難してくれ」と叫び続けていた、ということなんですね。

皆さん、双葉病院の件ですとか、双葉厚生病院の件とか、ご存じだと思います。今日もご遺族の方、その避難中に亡くなった方のご遺族が参加されると言ったので、今聞いてくださっていると思います。なかなか避難は、「本当に原発事故のとき避難できるんですか」というところ、ずっと私は疑問に思い続けています。

避難行動要支援者について、避難計画、避難をどうさせるか決めなさいと国が言っていますが、要支援者とは、寝たきり、足が不自由、乳幼児とか、ですね。石田さんご夫婦はどうですかね。お独り暮らしでもなく、お二人、元気に過ごされていたときに、個別計画をつくれる対象なんでしょうか。普通のこういう対象にならない方々も助けられない、そういう状況が生じるというのが原発事故なんだなということを実感いたしました。

というところで井戸川さんに一言いただきたいなと思ったんですが、後でまとめてのほうがいいでしょうか。

 

井戸川  構いませんけど。

 

青木 ありがとうございます。では、すみません、ご本にあったとおり、このとき本当に情報がなくて、バスも来なくて、呼びかけられ続けていたというふうに、ご苦労が……この本を読ませていただきました。

 

井戸川  これは私の手落ちでもあることなんですが、一番の手落ちは、避難訓練は、前の年にもその前の年にも繰り返しやっていたんですね。ただ、避難訓練のメニューというか、それを今回全くないものにしてしまって、どこかの誰かが勝手にこの事故の対応をしてしまったのが主因です。原発事故によってこの石田さんが亡くなったのではありません。事故後の対応のひどさというか、悪辣さというか、無責任さによって亡くなった人はいっぱいいますね。第1番目に言いたいのは、津波の問題は、国と経済産業省と原子力の業者だけで議論していました。

津波というのは一般災害ですから、本当はその地域を預かる自治体に、津波情報は原子力事業者よりも国は届けなければならなかったんですが、それを届けなかった。だから、予見されていた、その議論の中に私たちは入れていませんでした。隠されていたんですね。

津波の問題が起きたときに、私は双葉町の津波の計画はつくっておりましたが、津波の計画のもと、いわゆる策定基準というのを作ったのは福島県なんです。福島県がつくった策定計画に基づいて作った双葉町のハザードマップによると、双葉町の一番高いところで3.3メートルぐらいだったんですね、津波の高さが。これがまず私を油断させてしまったというのが、津波対策に対する対応の手落ちというか、遅れをとってしまったことが一つの条件。で、津波で多くの方が流された。

これがある程度、15.7メートルみたいな数字がもし私たちのところに届いていれば、当然、浜の3地区ですね、中野、中浜、両竹地区の方たちは、いの一番に逃げなくちゃなりません。そのほかも、新山、下条も危ないですから、逃げるようになると思いますが、3.3メートルの予測を福島県から示されていたために大きな油断をしてしまった。だから、津波で亡くなった方は、千葉県沿岸から北海道沿岸までで津波で亡くなった方たちは、国の不作為によって、そういう長期評価というものが出されていたにもかかわらず、沿岸の市町に対して適切な指導をしなかった。これを隠していたというのが大きな大きな原因なんですね。

原発なんていうのは、津波で壊れるようなことはそもそもあってはならなかったんですけれども、これも経産省と文科省、並びに原子力事業者たちの対策の甘さによって、こういう事態に至った。

それから、何よりも大事なのは、先ほど言った防災訓練のシナリオにないことをしてしまった。地元には何の情報もよこさなかった。本当に情報が来ませんでしたからね、私たちには。ベントの情報さえも、世界で初めてベントを行うということのベントの情報も、いいかげんなことを枝野官房長官は記者会見でしゃべっていたんですね。その前は、記録で見ると、「ベント、ベント」と国と東電はしきりに意見を交換していたんですけども、枝野官房長官が記者会見で発表するときには「圧力を抑制する措置を行う」と言ったんですよ、「ベント」と言わないで。「ベント」と言えば私たちはぴんときますね。だから意図的に彼らは情報を隠したと。意識的に。

圧力を抑制する措置というのは、圧力を上げるのか下げるのか、両方の動作が必要ですから、どちらか分かりませんね、聞くほうでは。それがまず第1点。

そのほか、事故が発生したら、原災法第10条通報が出たら、大熊のオフサイトセンターに、私たちの職員が副町長を含めて集合することになっていたんですが、それも国はやらなかった。そこに福島県の副知事はいたんですよ。内堀副知事は。にもかかわらず、私たちには連絡をよこさない。事故に直接対応する発電所周辺の浪江、双葉、大熊、富岡、並びに広野、楢葉を参集しなければならなかったんですが、そこにも参加させなかった。原災法10条通報が出た後に、そういう動作に入らなければならないことをやらなかったことで、菅直人が出しゃばってきて、情報を独占してしまったんですね。

だから、第10条通報が出てから私が双葉町を離れるまでは、25時間以上もかかったんです。25時間というのはどういうことかというと、羽田から、成田から、ブラジルまで行かなくても、ケープタウンぐらいまで行くんでしょうかね、そのぐらいまでの飛行時間をロスタイムで発生させた。こういう緊急事態なのにもかかわらず情報を囲い込んで、12日の午前5時44分まで、10キロの避難指示を出すまでに、こんなに時間をかけてしまった。

これは、防災訓練のシナリオのとおり、ちゃんと我々が事故の対応の組織の中に入っていれば、石田さんのようなことも起こらなかったでしょうし、車の中で亡くなった方、いろんな方がいます。これは全部――官邸が主導するということはマニュアルにはなってませんからね。それを今回は官邸が主導したために、自分たちの責任を冒頭から回避するために私たちを排除してしまった、この犠牲者なんですね。

避難のエリアを決めるのも私たちでしたから、10キロ、20キロなんて官邸が決めることではありませんでしたから、それを彼らが独占して、いろんな悪さをしてしまった。あの彼らの悪さというのは、語り切れないぐらいの悪さが今発覚していますけども、その犠牲者なんですね、国民は。ウクライナの人たちと私たちは同じく、情報をコントロールされて、そして一方的に被害に遭わされているということなんですね。

ちょっといろいろしゃべりましたけども、以上です。

 

青木  ありがとうございます。また、あと2つ後ほどお伺いしたいと思います。

じゃ、もし避難してもその後どうなるかというところについてお話しさせてください。今日後半で、避難された方々、親子のお話がありますが、避難できても、その後の生活はどうなるかというところでお話しさせてください。

もうすぐ11年になりますが、政府は「原子力緊急事態宣言」発令中で、避難者が数万人という状況です。その中で政府は、避難先の住宅提供を打ち切り続けています。今、約2万世帯が打ち切られたところです。冒頭お見せしました浪江町津島地区、帰還困難区域ですが、そちらも含めて打ち切られています。今、双葉と大熊の人たちには提供がありますが、そのほかは打ち切られているという状況です。

そして、医療費も打ち切りを進めているんですね。復興の更新というので、医療費打ち切りを政府が決めて、段階的に打ち切りを進めています。

じゃ、皆さん立ち直ったんですか、といったところですね。

皆さんご存じのとおり、避難のときに、仕事も家も、そしてご近所さんも、そして一緒に住んでいた家族もばらばらになって、本当に助け合うところがなくなってしまう中で、新しい生活をしながら、子どもたちを育てながらという、非常に大変な状況になったわけです。住宅提供打ち切り後も都内に残った世帯は7割近く。その3割近くが、世帯月収が10万円未満です。不安だという声が上がっていました。自分たちは、原発事故を受け「子ども・被災者支援法」というのをつくって、住宅の確保に関する施策を講ずるものとする、としたんですが、やっていることは、打ち切っていっているという状況です。

「じゃ、何で打ち切るんですか」と聞きに行っているんですよ、私も。そうすると、「公平性、自分で住んでいる人たちもいるので公平性に鑑みて」ということを言うんですよね。本当に、人によっては生活再建にものすごく壁がある。特に年齢ですね。50歳を過ぎると本当に再就職が難しい。あっても非正規しか見つからないとかですね。そういう面で収入がガクッと落ちてしまう。そんな中で「家賃を自分で払ってください」という状況になるんですね。それはもう大変だろうなというのは、話を聞くと皆さんおっしゃるので、「そうだな、そうだな」と思いながら聞いております。

「心の状態はどうなっているんですか」というのを、「震災支援ネットワーク埼玉」さんというのがずっと調査しています。現在、最新の調査を実施中です。まだご参加されていない方はぜひご協力してあげてください。

ここで、不安うつ、不安状態が強い人は、平常時の日本人平均の6倍、18%という数字が出ています。ネットワークの人たちは「社会全体で避難者の苦難を共有し、苦痛をなくしていく努力を」と呼びかけています。

この住宅提供打ち切りで何が起きたのか、本当に私はいろんなケースを聞きましたが、お一人を紹介させてください。

南相馬市から長岡市に家族で避難していた庄司範英さん。住宅提供が打ち切られて、働こうと思ったんですけど、当時もう50歳を超えていたんです。なかなか職がなくて、あっても非正規で、家賃が月9万円するんです。子どもが4人いて、お父さんとお母さんがいて、6人で暮らしているので、一軒家だったんですけど、月々9万円、これを自腹で払わなきゃいけなくなったわけです。非正規ではとても難しいということで、庄司さんは除染の講習を受けたんです。除染のことで正社員に使われるということが決まりまして、除染の正社員で働くために、南相馬市に庄司さんだけ戻るということになったんです。

子どもたちは、ミルクからおしめから全部、お父さんに面倒を見てもらってきていたんです。初めて別居するということになりました。一番上の長男、黎央君と言います、この男の子ですね。この年に撮ったものなんですが、こういう男の子だったんですけど、黎央君が働きに行く、別居をするという前の日に、庄司さんはお父さんに言ったんです。

「もう帰っちゃうの」、「来週月曜から仕事だから」、「次はいつ帰ってくるの」、「分かんない」、本当に分からなかったんですね。なぜかというと、4時間以上かかるんですね。4時間以上かかるとなると、いつ休みがとれて、片道4時間かけて帰ってこれるか分からないということで、庄司さんは正直に言いました。

翌日、1人で南相馬市に向かったんです。初の別居生活の始まりだったんです。

動画を若い人にも知ってもらおうと思って自分で動画を撮って、朝日新聞としてインターネットで公開している動画です。これは庄司さんの家なんですけど、手前にいるのは庄司さんのお母さん、黎央君のおばあちゃんになります。

(動画)

範英さんです。動画は長いので、3回にわたって分けてお伝えさせていただきます。

庄司さんですね。今でも「黎央のところに行きたい」って何回も私に電話が来るんですね。どうやって助けたらいいかというのをずっと考え続けているんですけど、今、看護師さんたちにつないで、看護師さんたちに定期的に家を訪問していただいています。

コロナでなかなか行けないんですけど、この間、11月に落ち着いたときに行ってまいりまして、次また来月行く約束をしています。

庄司さんから皆さんにメッセージを預かっていますので流します。ちょっと音が小さいのでご注意ください。

(音声)

庄司さんをどうやって助けたらいいのかということで、現地でほかにも、自ら命を絶ったご遺族の方に私は何人かお話をお伺いしております。どうしたらいいのか、そしてどういう見通しがあるのかということを知りたくて、相馬市の「メンタルクリニックなごみ」さんのところに行ってまいりました。

(音声)

小張  ちょっと音が聞こえないみたいです。

青木 分かりました。さっきの庄司さんの声は聞こえてましたか。

小張  聞こえなかったです。

青木 聞こえなかった。ごめんなさい。じゃもう一遍流します。

(音声)

青木 聞こえないですか。

小張  聞こえます。

青木 よかった。

ここは音が小さいところということで、次も音が聞こえなかったら教えてください。

(音声)

先生のお言葉でした。長い長いメンタルヘルスの支援が必要だというところで、精神的にクリニックに行っていらっしゃるという方に多く会います。しかし、政府は、医療費を打ち切るということを決めているので、その決めたことに対して、さらに打ち切られたらクリニックにも通えなくなるという声をたくさんいただいているところです。

避難者の人たちが医療費の継続の要望を続けています。ずっと続けているんですけれども、これも住宅と同じ、公平性の観点からという理由で、なかなかこの思いが通じません。

その中で、避難者の数が消されているという状況が起きています。

避難者の数ですね。ホームページに出している自治体もあるんですが、双葉町はこのような形で、今年の1月31日現在、福島県内に避難されている方は3,978人という形で出ています。県外が2,720人。これは県のホームページです。県のほうには双葉町の避難者は何と書いてあるか。一番右側です。455人。

3,978人、455人、随分違いがあります。国の統計に使われているのは、この県の数字のほうです。国はこのように毎月数字を発表しておりますが、この3.9万人の根拠になっているのは、この福島県にある数字のほうです。なぜこのような違いが生まれるのでしょうか。

各県で状況が違うので、国のほうで事務連絡の文書を出しているんです。これには、避難者とは、東日本大震災をきっかけに住居の移転を行い、その後、前の住居に戻る意思を有する者。自主避難者も含めます。つまり、住宅提供を打ち切られた人、住宅提供がない人も含みます、という意味です。そう書いてあるんですけど、例えば、この県のページの一番下を見てください。

自ら住宅を取得した方や復興公営住宅等へ入居された方は含まれておりません。復興公営住宅というのは、長期避難者のための、避難者用の住宅です。ところが、この復興公営住宅に入居したら避難者に数えられないというのが県の数え方です。

なぜこんな数え方になっているのかということについて、県の担当者に聞きました。この『いないことにされるわたしたち』の本の中でもこのやりとりをそのまま書いております。県としては、前からそうやってきているからそうなんだと。当初からこういう数え方をしているんだということでした。国からも特に何も言ってきていない。逆に避難者が増えた場合に、国から「どうして増えるんだ」ということで言われたことがある。「現状でいいんですよ」というお答えでした。

実際に、消された避難者の方々にもお話を聞いております。自分たちの存在がどうして消されていくんだ、何で邪魔者扱いなのか、こうやって避難者の数を消していくことで復興が進んだということにしたいのか、ということをおっしゃっていました。

戻りたいと思っている人が少ないんじゃないかというご意見もあると思います。なので一応こちらもつけました。調査結果では、11.3%が「戻りたい」と考えている。判断がつかない方が24.8%です。この数字を考えても、この県の数字というのは非常に少ないのではないでしょうか。

最後ですね。1時間になってしまいましたが、3つ目の大きなテーマ、「再稼働を進める政府」。

冒頭に申し上げたとおり、全国の主な原発のうち、250キロ圏の図です。この中で進めてますよと、冒頭申し上げたとおりです。エネルギー基本計画には「20%から22%達成する」とあり、それには30基というふうに答弁しているんですね。

「じゃ、どうして止められないんですか」。

例えば、これは今月の15日のニュースです。今、島根原発2号機で再稼働を進めようとしているところなんですが、これは松江市の市長が、新しい規制基準に適合し、安全性が確認されているということで、同意を表明しております。市議会からも賛成意見が多く示されたんです。自民党会派などが賛成意見を示したという報道もありました。

「じゃ、安全なんですか」というところです

原子力規制委員会初代委員長田中さんは、定例記者会見でこのように言っています。

「安全だということは、私は申し上げません。まだまだ自然のいろいろなこととか、いろいろな技術も含めてですけれども、分からないことというのは人知の及ばないところがある」ということを言っているんですね。安全でしょうかというところです。

そして、日本は地震がとても多い。マグニチュード6以上の地震は全世界の20%以上ということで、集中しています。

女川町長に記者会見で聞きました。「どうして再稼働に賛成なんですか」ということを聞きましたら、こんなに長い長い答えが返ってまいりました。動画でも公開されておりますので、気になる方はご覧ください。「原発は必要だろう。マクロ的な視点から言ってそうだ」ということを言っているわけですね。

「どうして再稼働が進んでいくのか」。

双葉町自身も誘致を進めてきたというのがあります。そこを伺いたかったんですが、もう1時間になりますので後半のところで伺いたいと思います。井戸川町長は、ご紹介したこの本の中で、「電源3法やら交付金でハコモノをつくったけれども、メンテナンスの費用がかかり過ぎて倒産寸前のような状態でしたから、借金返済のための財源が必要だった」とお答えになられています。

やっぱりお金、経済、そして商工会のほうが、原発の再稼働を求めるという動きなんですね。どうしてこういう状況が改善されない。「札束で頬をたたく」というふうにおっしゃる方もいますけれども、お金でどんどん再稼働を進めていくという状況が続いていると思います。

今日は全生君が後半に来ております。もう1時間過ぎていますが、かけて大丈夫ですか。続けていいんだったら続けます。

小張  はい、どうぞ。

青木 大丈夫ですかね。じゃ、全生君のところのビデオです。

(動画)

後半で全生君にもお話を伺えると思います。

「じゃ、進めている人たちの論理は何ですか」というところです。

辞める前の甘利幹事長、「小型炉で建て替えを」と言っていました。甘利さんは、こういう報道もあった方ですね。パーティー券を全力9社が覆面購入していた。麻生さんも覆面購入していた。このとき、記事の中で電力会社の人たちのコメントが載っていますが、オフレコ取材だと思うんですが、実名ではないという中で、電力会社で原発に協力的な議員のリストをつくっていて、その人たちのパーティー券を買っているんだ、ということを述べております。

さあ、じゃ私たちはどうしたらいいのかというのを、2人の人の言葉からひもときたいと思います。

大飯原発の差し止めを命じた樋口元裁判長。「経済が第一ではない。事故が起きたときの環境汚染は比較にならない。はるかに値打ちのある国土が失われることの重要性を考えてほしい」と言っています

保坂展人世田谷区長。ずっと前から、もちろん事故前からずっと脱原発を訴えてきている方ですね。「また第2、第3の事故が起こる国になっていると感じる。この国は3.11をまたやろうとしている。それは自覚しましょう。それが沈黙の結果、もう変わらないなと思った結果、あきらめた結果、またそこに転がり込んでいく。3.11を繰り返さないということは、被災者たちに向き合って重んじるということだと思いました。沈黙することで現状はちっともよくなりません。沈黙することが現状を追認することであり、格差を加速する結果を生みます。そこを転換するには発言する」。

ありがとうございました。1時間を10分ほど過ぎてしまいました。ご勘弁ください。ありがとうございます。

この2冊、『地図から消される街』、『いないことにされる私たち』というのを出しております。今日お話しした話に加えてもうちょっと詳しく状況を書いております。あと、ツイッターやフェイスブックで現状について発信を続けています。

次は皆さんとリアルにやって、意見交換できればうれしいんですけれども、リアルの講演会がいっぱいあったんですけどコロナで延期になりまして、次にやるリアルのものは、ツイッター、フェイスブックをフォローしていただけると、そこに今日の参加されている方も書いてくれていますけど、約・・・の方が直接言葉を書いてくれていますので、今避難されている方はどう考えているのかということを知る機会にもなります。ぜひフォローとか、・・・・していただければと思います。

あと、動画は「原発避難者の静かな叫び」で検索すると見られますので、もし原発事故ってもう終わったよねとか、もうみんな復興したんでしょうと言う方がいたら、ぜひ・・・・と思います。

今日は本当にありがとうございます。今後もよろしくお願いします

 

小張  ありがとうございました。1時間を10分ほど過ぎてしまいましたので、じゃ、ここで5分ほど休憩します。

(休憩)

小張 では、続けさせていただきたいと思います。

ちょっと順序が不同になりますが、井戸川さんに続けてお話をしていただきたいと思うんですが、井戸川さん、ご準備はいかがですか。大丈夫ですか。

井戸川 青木さんにちょっとお話ししておかなければならないことが今出てきたものですから、ここではっきり青木さんにお話ししておきたいと思うんですが……

小張  じゃお願いします。

井戸川 私が7、8号機の増設云々を語っていましたけど、7、8号機の増設を決めたのは平成2年、前の町長と前の議会なんです。だから、私が決めたのではないんです。平成2年以降、環境影響調査とかいろんなことをやりました。その結果、50億円ぐらいのお金が交付されることになっていたんですが、それが福島県の反対で受け取れなかった。それを受け取れるようにしたのが私のやったことなんですね。そこはちょっとニュアンスが違うなと。

青木  本を読んでいるので、重々存じています。その分のお金の請求について、増設のためのお金だったということなんですけども、当初のではなかったという……。

井戸川  だから、結局、増設の線上にあることなんですよ、そのお金は。

 

青木  あ、もう既に最初に決まっていたということですね。分かりました。1990年代に決まっていたということは重々存じています。

 

井戸川 なるほど。ちょっと聞いている方に誤解を与えるといけないなと思って、これは正しておかないといけないなと。

それからもう一つ、これは皆さんにも言いたいんですけども、双葉町が原発事故の原因者のように扱われていて町民は非常に迷惑がっているんですが、双葉町の原発は、5号機、6号機は放射能を出してないです。放射能を放出していませんので、壊れていませんから。

だから、よく双葉町も大熊町も一緒くたに皆さんに考えられていますけど、私たちは、大熊町の原発の壊れた影響に迷惑を被っているわけですよ。皆さんそう思いたくないでしょうけど、実際はそうですから。だから、私も大熊町に対しては「ちょっとしっかりしろ」と常に言ってきたのはそこなんですね。

だから、私たちは、加害者みたいにとられるのはちょっと迷惑だなと思っているんですよ。決して事故を推奨してきたわけでなくて、安全を無視してきたわけでもなくて、常日頃、東電と国に対しては安全を要求してきましたから、発電所の所在町協議会というのがあって、大熊、双葉、富岡、楢葉がつくっているんですけども、そこで議論するのも常に安全対策だったんですね。国に対しても東電に対しても。

だから、日頃、安全、安全というのは口から離れない中で、来た中で、ああいう大事なことが隠されていた。その結果、事故に至ったということに憤っているわけですよね。そこをちょっと、まあ理解はされていると思いますけども、申し伝えておきたいと思います。以上です。

 

小張 青木さん、今のご意見についていかがですか。

青木 事故の加害者は東電と国じゃないですか。別に双葉町が加害者だとは一言も言っていませんので。大熊町が加害者とも言っていませんし、私は加害者は国と東電だと思っています。

なので、その辺、もし誤解されているのであれば、双葉町が加害者だとは私は言っていませんし、本日も言っていませんので、その辺は、もし誤解される表現がどこかにあればあれですけど、多分誤解されてないと思うんですけど。

私、井戸川さんの講演会を何回も聞いてますから、分かってますよ。もちろんこの本もちゃんと読んでいますし、町としてどうして来たかというお立場はよく分かっております。だけど、今なぜ……。

本当に聞きたいのは、どうしてこの事故を経て、なぜまだ原発再稼働を望む首長さんたちがいらっしゃるのか、どうしたらその人たちの心が変わるのかというヒントを、ご経験者だからなおのことお持ちなんじゃないかと思うんですよ。その辺、今日ぜひ伺いたい。彼らに何と言ったら彼らに言葉が届くのか。私の質問では届きませんので、井戸川さんの言葉はきっと、当事者だから届くと思うんですよ。

井戸川 小張さん、ちょっと続けたいと思いますけどね。この辺から、関連してきますから。

今、青木さんの言われていることについて、全国原発所在市町村協議会というのがあるのはご存じですよね。

青木 もちろんです。

井戸川 そこの総会で、私、何を述べましたか。

青木 ごめんなさい。一言一句言えるほどあれじゃないので。

井戸川 第1回目の総会を開いたときに、通常の形で総会を開いて、来賓席に国とか、電力はいなかったけど、国とかそういうのがひな壇に座っていたものですから、まず一番先に、近藤駿介に向かって、「何でお前ここにいるんだ」と指さして怒ったんですよ。細野は、挨拶したら淡々と帰っちゃって、指さす前に帰っちゃったものですから指させませんでしたけども、何でお前たちがここにいるんだと。いわゆる当時の保安院とかエネ庁とか、推進グループがひな壇にいたものですから、いきなり叱ったんですね。「お前たち、何でいるんだ」と。

今度、会員のほうに向かって、みんな聞いてくれと。こんな事故を起こされて、こんな原発政策なんていうのを受け入れることは、もう金輪際だめだと。よくよく私たちの姿をよく見て、原発が必要だかどうか考えてくれと、みんなの前で、全国大会の総会の前に私しゃべっているんですね。それは動画になっているはずですね。

だから私の立場というのは、事故を境に一変してしまったということ。原発に頼らないことを皆さんに推進してきたんですけども、皆さんは交付金に縛られているんですね。あんなちっぽけなお金に縛られて、失うことを考えてくれと言ったんですよ。事故で失ったことを考えてくれと。交付金はわずかだ。そんなのに頼っていたってしようがないじゃないか。

この話はしませんでしたけども、隠岐の島の海土町の話も、私が町長になる頃に海土町というのは知ることになったんですけども、町長の給料を半分にしているということで、「ああ、すばらしいな」と思って。私も半分にしましたから、「あ、仲間がいるんだな」ということで海土町を気にかけたときに、今でも人口が増えているんですね、原発がなくても。

それは、やり方なんですね、首長の考え方。もうだから、原発を必要としている首長は、何らかの、何かのひもがあるんじゃないでしょうか。やっぱり断ち切れない何かのひもがあって……。分かっているはずですよ、首長たちも。この原発事故の惨状、あるいはその後の我々が苦労しているのも見て、分かっているはずですけども、何らか切れない糸に縛られて、妄想にとらわれているんではないかなと、そんな思いが強くてなりません。

それは何かというと、首長自身の経営能力がないんですね。自力する経営能力と、自力するための努力と度胸がないということですよね。だから、とにかく交付金につながっていかないと自分たちは生活できないと。

北海道の放射能のあれを引き受けた町長の姿を見たときに、「ああ、この人は経営者じゃないな」と。まあ、行政を経営するって、一旦、町長になっておきながら、経営できないから、廃棄物処分場をもらいます、なんて。「だったら、一回あなた辞めなさい」と私は思ったんですよ。辞めて選挙にもう一回出なさいと。それを語ってね。それをしないで、今回、強引に、交付金という毒にまかれてしまったようですけども、あれはあの町長の経営能力がないことを示しているわけですね。

全国で、日本の行政って非常に脆弱で、国に頼っていれば何とかなるという妄想の中で生きてきているから……。このコロナを見てください。必ず「国は、国は」と言って、国は、専門家に投げちゃって責任を負いませんよね。あの姿は見てないんですよ。ただ、ただ「国は、国は」って、国が言ってくれないとだめだ。

福島県がヨウ素剤を服用させなかったのは、国の指示がなかったからって。あれは真っ赤なうそですからね。最初に私たち、福島県と多くの市町村に対して「ヨウ素剤の服用をしなさい」と一番先に指示を出しているんですからね、国では。それを無視したのが福島県なんですよ。私は飲ませましたから。

だから、とにかく努力しない。首長としての自覚がないんじゃないでしょうか。そんなふうに感じます。

小張 今、宍戸さんという方からチャットが入っていまして、双葉町や大熊町から避難した人たちが加害者であるかのように言われることがあります。井戸川さんの話はそういうことを踏まえてのものです。というチャットが入っていました。

井戸川 そのとおりです。私たちの町民も、多くの避難者は「お前たちは加害者だ」と言われていましたから、当初から。そのとおりです。

小張 では井戸川さん、このまま井戸川さんのお話に入っていただいてよろしいですか。

井戸川 はい。じゃ青木さん、よろしいでしょうか。

青木 ありがとうございました。また後で。

小張 また後でディスカッションのところでいろいろお話ししていただきたいと思います。

では、井戸川さん、よろしくお願いします。

井戸川 何にも用意はしていなかったんですけど、まず、今、裁判まで至っている住宅問題ですね、これは非常に悪質であって、私は事故前から、福島県を経由しないで国と直接いろんなことをやっていました。県が入ると「だめ」が先に来ちゃうんですよ。「だめだ」「できない」が先に来ちゃう。ところが、国と直接やると、国は「だめだ」とか「できない」と言わないんですよ。福島県というのは、事故前から非常に脆弱な県だなと思っていましたので、余り頼らなかったんですね。

そうしたら、今度の事故でも、最初から「だめ論」が来ましたね。住宅問題を含めて、私は3.11を過ぎて、スーパーアリーナに来た頃でしたか、福島県庁に顔を出しに行ったときに、一番先、副知事室を訪ねることにしていましたので、内堀さんのところを訪ねていきました。そうしたら、あの日、あったかかったもんだから、窓を開けて換気をしてたんですね。私は注意したんです。「何やってるんだ、副知事、こんなに放射能の濃いところで窓を開けてるというのは、何考えてるんだ」と怒ったんですよ。「こんなところに子どもを置いたら、やがてあなた方が子どもから訴追されるから、だめだよ」と。「窓をすぐ閉めろ」って閉めさせたんです。彼は、原子力行政は明るいと思っていたんですけど、あの頃、その辺は無知だったんですかね。

それと、あわせて、住宅問題というか、災害対策において、原発事故の生活支援という、そういった補償から、全般の法律が当時なかったんですね。だから、副知事に向かって「原発に対する対処法を大至急つくるように頑張ってくれ」と頼んだんですよ。これが「子ども被災者支援法」になったと思うんですけども、これは副知事に直接頼んだんですね。

だから、こういうことを頼んだ首長は私ぐらいではなかったんじゃないでしょうか。でもそれは無視されて、災害救助法を運用されてしまった。

今、平成23年4月4日付の厚生労働省社会援護局総務課長の通達文を読み上げますが、「各都道府県災害担当主管部局長殿」ということで文書が届いているんです。通達文ですね。青木さんは知っていると思いますけども。

「東日本大震災に係る災害救助法の弾力運用について、その5」って、これ、「その」というのはいっぱいあるんですけども、住宅に関することで、その5なんですね。

「平成23年3月11日に発生した東日本大震災に係る災害救助法の弾力運用については」と書いてあるんです。「これまでも貴職宛てお願いしているところであるが、以下の点につきご了承願いたい。なお、管下政令指定都市及び中核市並びにその他の市町村に対しても下記内容に関する情報提供を併せてお願いしたい。」

1番として「災害救助法の適用について、災害救助法(昭和22年10月18日 法律第118号)に規定する各種の救助に関しては、被災した都道府県から要請を受け、災害救助法が適用された市町村からの避難者を受け入れて行われた救助に要した費用は、第1原子力発電所周辺区域からの避難者であるか否かにかかわらず、受け入れた都道府県から災害救助法の適用を行った都道府県に対して、全額求償することができる。このことにつきご留意願いたい」ということで、だから、全額求償できるんですよ。県がやろうとすれば。

一番悪さをしているのは福島県なんですね。福島県が弾力運用すれば、ここで全額求償することができると明記されているわけですから、ここで期限を切りなさいとか……。災害救助法の期限というのは2年以内とか決まっていますが、その救助法の弾力運用ですから、期限をここで切りなさいと書いてないんですね。これを勝手に、福島県が独自に県民をいじめているわけです。

それはなぜかというと、県民がいなくなると福島県がなくなるという佐藤雄平知事の愚かな考えのもとに、現在まで来ているわけですね。あの方は普通じゃないですね。だって、県民の健康を一番先に考えなくちゃならない立場の県知事が、県民の避難を妨害するということは考えられない暴挙ですよね。災害対策基本法には「住民の生命、身体、財産を保護しなさい」と明記されているわけですから、その法律の基に行政執行しなければならない総責任者が、県民がいなくなると県がもたなくなるからって、これは後の話であって、なくならないような方策っていっぱいあるわけですよ。一旦避難させたほうが、県民がいなくなる確率は低いわけですよね。病気になって亡くなる方がいなくなるし、自殺される方もいなくなるし、それから、家庭分離とか離婚だとかいろんな問題が起こらなくて済むわけですから。

そもそもこの一連の福島県の動きを見ていると、プーチンと一緒ですよ。虐待ですよね、県民の虐待。だけど、県は法律違反しているんですね。災害対策基本法、あるいは原子力災害対策特別措置法には、ちゃんと「住民の生命、身体、財産を守る」、財産まで入っていますから、保護しなさいと書いてあるわけですから。

だから、子どもたちに苦労をかけるような県政であってはならないわけですね。彼らは、県の指導者ではないんですね。まるっきりプーチンなんですよ。今、プーチンが非人道的なことをやってますけども、それ以上に、福島県が県民をいじめているんですね。これを私が見ていて、情けなくて情けなくて、ほんとに。今も県に開示請求をしているんですけどね。

今度、3月9日に口頭弁論がありますので、そこで夕べ7時までかかって仕上げた陳述書があるんですけどね。ここは何を目的に陳述しているかというと、「一般公衆線量限度1ミリシーベルトの厳守」という副題をつけてこれを決めましたので、今度出します。

1ミリシーベルトの線量限度と語っているパンフレットというか説明冊子をいっぱい集めて、全部束にして提出するんですよ。「これを見ろ、これを見ろ」って、「ここにも書いてあるぞ」と。ここにも書いてあるじゃないか。文科省だって経産省だって保安院だって、全部1ミリシーベルト厳守なんですよ、彼らの文書には。それが20ミリシーベルトというのはどこにも書いてない。

だから、子どもたちもよく聞いてほしいんだけど、全く、事故発生直後から偽装されてしまったんですね。よほど、だから、偽装しなければならないほど、うそで私たちをだましてきていたんでしょう。安全だ、安全だって、安全でもないものを安全だ、安全だと言ってきたことが、いきなり壊れたことによって、彼らはとっさに、自分たちの責任というか、自分たちが訴追のおそれもあるとか、あるいは免職になるとか、そういったおそれのことから、一気に隠しに入ったんですね。だから情報を流さない。デマを流すということで。

一番は、避難開始の、12日の5時44分というのはあり得ないんですね。防災訓練のシナリオで行くと、経産大臣から、緊急事態宣言案を持って官邸に来られると、そこで、官邸の危機管理センターでそれを受け取って、その場で緊急事態宣言を発出する訓練ばっかりやっていたんですよ、国も。22年度までは。菅直人もやってました。23年になったら突如メニューを変えちゃったんですよ。どこの国のメニューか分かりませんけども、この世にないメニューに今皆さんは苦しめられているんですね。でもやっぱり、不遡及の原則にもあるように、当時の法律、当時のマニュアルとかそういったものが最優先にされなければならないと私は考えて、今裁判で闘っていますけども、非常に情けない。

それから、これもおもしろい話でしょう、皆さんにとっては。スクリーニング検査ってやったんですね。白装束を着て線量計をあてがうやつを。それ、私どものほうは3月13日と17日に川俣町の避難しているところに来て――正体は分からないんですよ。私に対して「どこどこから来ました、これから何やります、どうします」という報告も打合せも何もなく、ただ黙って入ってきて、黙ってやって帰っていった連中がいるんですよ。どこの人間かも分かりませんでした。白装束だから分からないんです。男も女も分からないですね。それが入ってきてやっていった結果があるんですよ。私もやらせました。

私、ご存じのように、12日にえらい放射能をかぶってますから、何と言うんだろうなと思ってやらせたらば「問題ありません」と返ってきたんですね。

それで、県庁に開示請求したのは、「2011年3月11日に発生した東電原発事故に係るスクリーニング検査について、去る2011年3月13日及び3月17日に川俣町体育館合宿所「とれんぴあ」というところで行った井戸川克隆のスクリーニング検査の記録を『福島県緊急被曝医療マニュアル』に掲載されている書式にのっとって、私の検査結果を開示してください」と請求したんですよ。そうしたら、「開示請求に係る保有個人情報は保持しておりません」という回答が来たんですね。

小張 それはいつ請求したんですか。

井戸川 2月の初めの頃ですね。

小張 今年の2月ですね。

井戸川 17かな。来たのは二、三日前ですけどね。「保持しておりません」と言うから、「いや、これじゃ分かんないよ」と電話したんですよ、昨日。弁護団が会議している最中に。「ちょっと、保持しておりませんと言われたって、この字、おれ読めない。理解できないから、もっと詳しく言ってくれ」と頼んだんですよ。「語ってくれ」と言ったら、「電話では答えられませんから、ちょっと時間ください」ということで電話を切って、そのまま昨日は返事来ませんでした。

だって、測っているわけですよ。どこの誰だか分かりませんよ。測っていったことはみんな見ているわけだから、町民のことも測ったから、併せて私も測らせたんですけど、だから「測ってません」とは絶対言えませんね。

それから福島県は、スクリーニング検査どうのこうのって子ども甲状腺がんの問題から何から言ってますけども、「じゃ、そのデータはあるか」と私が自分で聞いているわけです。自分の個人情報の開示請求をしているんですけど、「保持しておりません」と回答しているわけですから、子ども甲状腺の医大のワーキンググループ、管理調査、あれらは何を基に「影響がない」と断定したんでしょうか。私がこれ、証拠を開示請求しているんだけど、「保持しておりません」と言ってね。

これは不作為なんですね。明らかに、その目的にのっとってやったんじゃなくて、やったふりをしたパフォーマンスだけだったということの証になっちゃうんですよ。そうすると偽装ということになっちゃう。これ、公文書偽造に匹敵するぐらいの犯罪性があるんですよ。「虚偽公文書作成の疑いあり」ということになってくるわけですよね。「甲状腺の被曝の影響がありません」と言った連中は。

だから、私は、結構、役場に行っていろんなことを知っていたから、いろんなことを質問できる立場にいるということ。

青木 保存年限を過ぎているということじゃなくて、そもそもない。「保存年限が過ぎて廃棄しました」ということじゃなくて、「そもそもないです」ということだったんですか。

井戸川 それも分かりません。それも併せて、昨日、電話で聞いたんですよ。

青木 その返事を今待っているところなんですね。

井戸川 待っているところですね。楽しみにしているんですよ。

青木 ぜひ知りたいです。

井戸川 いやいや、ここで終わるつもりはありませんから、この次のクエスチョンもありますから、だから、ここは始まりであってですね。

だから、だまされているということについての犯罪性を県民の皆さんは分かってほしいですね。本当に、1から10まで全部だまされてますから。私から見て、「だまされている、皆さんはだまされている」と常に言ってますけども、本当に、最初からだまされているんですよ。

この辺でどうでしょうか。

小張 ありがとうございました。今またさっきの宍戸さんからチャットが入ってまして、「川俣町で実施された検査は本当に保存していないのではないでしょうか。私も4月に川俣町で検査を受けたときにも、数値をメモしている気配は感じませんでした」というチャットが今入っています。

甲状腺がんを発症された菅野みずえさんという方があちこちで発言されていらっしゃいますけれども、彼女の場合、スクリーニングの値が上げられてしまった後、スクリーニングを受けて、もう10万を超えてしまったんだけれども、何のペーパーも渡されずに、「ああ、まただ」と言われて通過させられたとおっしゃっているので、菅野さんなんかもこういう開示請求をしていただくといいかもしれませんよね。やっぱりみんなが黙っているということはよくないなというのを本当に感じました。

井戸川 その宍戸さんの質問に対して答えておきたいと思いますが、私が今申し上げたように、「井戸川克隆のスクリーニング検査の記録を――この次が大事なんですよ――福島県緊急被曝医療マニュアルに掲載されている書式にのっとって」ということで断りを入れてますからね、あるんですよ。あったんですよ、書式が。事前に。事故前に。

小張 前にはあったんだけれども……

井戸川 だから、これにのっとって私の検査結果を開示してくださいという条件をつけているわけですよね。だから「ありません」という答えにならないんですよ。「保持しておりません」という答えにはなり得ないんですね。私の質問は要点を突いてますから。

だから、こういうことの共有を私は多くの県民の皆さんとやっていきたいと思っているんですけれども、なかなかつながらないんですね、皆さんとは。もっともっと多くの証拠を持っているんですけども、もう間もなく死ぬかもしれませんから、早く私から証拠を取り上げてください。

小張 今、宍戸さんのチャットの続きがあるんですけど、「福島県民の被災者の医療検査のデータがかなり破棄されていると医療関係者から聞いたことがあります。避難直後の避難所などで調査したデータなどです。意図的に破棄しているとしか思えません。アーカイブ保存の重要性について日本では余り議論されていないのが残念です」という、続きのチャットが入っています。

井戸川 それぜひ、個人名で、自己情報開示請求をすればいいんですね。「自己に関する保有個人情報の開示」という様式がありまして、それに基づいて開示請求すべきだと思いますよ、それぞれの皆さんが。「なくなった」と言われて、終わっちゃったらだめなんですよ。「なくなった」と言われたということが事件の始まりなんですね。皆さんはそこで終わっちゃうから、だまされちゃって、あきらめさせられるんですけども、それを聞いたら「あ、いいこと聞いた」と自分の財産にするぐらい欲深くなってほしいと思いますよね。

小張 宍戸さんも、3月12日に川俣町でスクリーニングを受けていらっしゃるようなので、後でまたそのことはお伝えしておきます。

では、ちょっと時間もあれなので、一応ここで一区切りさせていただいてよろしいでしょうか。

井戸川 はい。私は結構です。

小張 では、続いて、鴨下さんの、祐也さんでも全生さんでも、どちらが先でも構わないんですが、お話を続けて伺わせていただきたいと思うんですが、いかがでしょうか。

鴨下全生 では、私、先にやりますね。

小張 よろしくお願いします。

鴨下全生 では始めたいと思います。

皆さんこんにちは。僕は2011年に原発事故を受け、福島県から東京に避難した鴨下全生です。今日はよろしくお願いします。

発表の初めに、僕が去年の夏から、大学生や講演会の参加者に向けて行っているアンケートをご紹介します。今日はオンラインなのでご紹介だけになってしまいますが、皆様もアンケートに参加するつもりで聞いてください。

1つ目の問いは、土壌汚染。つまり土の放射能汚染の状況についてです。

「現在のセシウム134とセシウム137を合計した土壌汚染はこの4つの図のどの状態だと思われますか。ちなみに、黄色より濃い色で示された部分の土は、本来なら黄色いドラム缶に詰めて厳重に管理すべきものです」。4つの選択肢があります。

次の問いは、「発電電力量に占める原発の比率」です。

「昨年2020年度の国内の発電電力量のうち原子力発電は何%でしょうか」。これは6つ選択肢があります。

ありがとうございました。では、回答は発表の後半でお知らせします。

では本題に入ります。

(スライド)

これは原発事故が起きた頃の僕と弟の写真です。当時僕は8歳でした。僕にとって2011年は過去の出来事ではなく始まりの年にすぎなくて、被害は形を変えながら今も続いています。

(スライド)

これは福島県の地図です。円の中心が福島第一原発。僕の住んでいたところは、そこから南に約40キロメートルくらいのこの赤い星印のあたりです。

政府が避難の指示を出したのは、原発からほぼ30キロメートル圏内のこの円の中だったので、僕の町には避難指示は出ませんでした。でも、僕たちは被曝を避けるために東京に避難しました。いわゆる自主避難者です。だから僕の家はそのまままだあるし、僕が住んでいた町にはむしろ事故当時よりもたくさんの人が住んでいます

(スライド)

一方、こちらは市民がつくった汚染マップです。今年のセウシム134と137と合算した汚染状況を示しています。黄色より濃い色で示された部分の土は、本来なら、黄色いドラム缶に詰めて厳重に管理すべきものです。そのようなひどい汚染が、あのときの原発事故でこれだけ広い範囲に広がってしまったんです。

くどいようですが、これは10年前ではなく今の汚染状況です。

(スライド)

さっき、この図で僕の町が避難指示が出なかったと言いましたが、この地図を今の汚染地図と同じ縮尺にすると、こんなに小さくなります。

(スライド)

原発事故から半年後の避難指示区域を重ねると、こんな感じです。こんな小さな地図の中のこの一部にしか避難指示は出なかった。そのせいで、どれだけたくさんの人が知らされずに被曝させられてしまったかは、この国の今後の原発の是非を問う上で僕らは知るべきだと思います。

(スライド)

原発事故以降の僕のことは2019年のこのスピーチに凝縮されているので、先にそれを紹介します。青木美希さんの発表の中でも途中で出てきたものです。

 

僕は福島県いわき市に生まれました。8歳のときに原発事故が起きて、被曝を逃れるために東京に避難しました。でも、父は母に僕らを託して福島へ戻りました。父は先生で、僕らのほかにも守るべき生徒たちがいたからです。

母は僕と3歳の弟を連れて、慣れない場所を転々としながら避難を続けました。弟は父が福島に戻るたびにふとんに潜って泣きました。僕は避難先でいじめにも遭い、死にたいと思うほどつらい日々が続きました。

やがて父も、心と体がぼろぼろになり、仕事をやめて東京へ来ました。それでも、避難できた僕らはまだ幸せなのだと思います。国は避難住宅の提供さえも打ち切りました。僕は必死に残留しているけれど、多くの人がやむなく汚染した土地に戻っていきました。

でも、広く東日本に降り注いだ放射性物質は、今も放射線を放っています。汚染された大地や森が元通りになるには、僕の寿命の何倍もの歳月が必要です。だから、そこで生きていく僕たちに大人たちは、汚染も、被曝も、これから起きる可能性のある被害も、隠さず伝える責任があると思います。うそをついたまま、認めないまま、先に死なないでほしいのです。

原発は国策です。そのため、原発を維持したい政府によって賠償額や避難区域の線引きが決められ、被害者の間に分断が生じました。傷ついた人同士が互いに隣人を憎み合うように仕向けられてしまいました。

僕たちの苦しみはとても伝え切れません。だから、どうか共に祈ってください。僕たちが互いの痛みに気づき、再び隣人を愛せるように。残酷な現実であっても目を背けない勇気が与えられるように、力を持つ人たちに悔い改めの勇気が与えられるように、皆でこの被害を乗り越えていけるように、そして僕らの未来から被曝の脅威をなくすため、世界中の人が動き出せるように、どうか共に祈ってください。

このスピーチを終えた僕をフランシスコ教皇はやさしくハグしてくれ、そして、その様子は翌日、世界に報じられました。これは、原発事故被害者の存在をローマ教皇が肯定したという力強い発信になりました。

また、同じ日の夜、当時の安倍総理と対面したときには、今回の来日では特に東日本大震災の被災者らの置かれている困難な状況の証言に強く胸打たれ、心を揺さぶられた、と話され、その後、唯一、対話によって核の問題を解決することを強く求め、特に、私たちは若者たちに対し、虚しい言葉でではなく誠実に応えなければならない。まやかしではなく、事実によって応えるのです、と迫りました。しかし、残念ながら、安倍元総理の耳には、ローマ教皇の説教すら残らなかったようです。

そして、その翌日、フランシスコ教皇は帰路の飛行機の中で、歴代ローマ教皇として初めて原爆に反対を表明しました。これは、13億と言われるカトリック教徒だけでなく、世界に大きな影響を与えたと報じられました。伝わったなと感じました。

でも、このとき起きたのはうれしいことだけではありませんでした。2019年11月25日、僕がスピーチをした東京の集会には、会場に150人の被災者がいました。岩手や宮城、福島在住の方、そして、今も避難している人たちです。集いが終わり、教皇が退出した直後、大役を果たして放心状態だった僕のところに比較的若い男性がやってきました。彼は怒りをあらわにしながらこう言いました。

さっきのスピーチの「避難できた僕はまだ幸せ」とはどういう意味だ。私はずっと福島に住んでいる。あれはどういう意味だと、繰り返し強く迫られました。つまり、避難せず福島にいる自分たちを「お前は不幸だ」と言いたいのかと憤って、僕を裁きに来たのです。

僕は放心状態だったこともあって混乱してしまい、彼が納得するような返事をすることができませんでした。でも本当は、あのとき僕がすべきだったことは、汚染の状態や被害の実態を伝えることではなく、彼の話をしっかりと聞き、その痛みに耳を傾けることだったのだと思います。苦しいから目の前の人を攻撃してしまう。もしもこの人に何の苦しみもなかったら、わざわざ17歳の少年の僕に憤って僕を裁きに来るでしょうか。

僕はそのことで自分を責めてしまい、気がついたらうつを発症していました。積年の疲れが出たのだろうと言われましたが、そこから先は学校へも行けなくなり、結局、高校卒業まで1年以上ほとんど登校できず、うつに苦しみました。

幸い、僕はたくさんの方に助けられ、今は元気になって大学生をしています。当事者として発信することは苦しいことも多いけれど、自分で選んだ道なので後悔はしていません。

既に僕たちは様々な方法で被害を訴える活動をしてきました。講演会や集会、同世代の気候変動デモにも参加し、その最前列で原爆反対を訴えました。裁判も起こしました。僕も原告の一人です。署名を集め、政府交渉をし、国会議員に伝えて、国会の場で質問もしてもらいました。でも、この国は、僕たちの被害をいまだに認めず、裁判でも争い続けています。被害は今も続いているのに、10年も過ぎ、メディアも余り取り上げなくなっています。

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冒頭のアンケートに戻ります。僕はこのアンケートを、大学生に呼びかけたり、講演の中で呼びかけたりしてきました。学生は主に、東大、慶応、早稲田などの、いわゆる高学歴と言われる人たちです。

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1つ目の問いは、今年、つまり2021年現在の土壌汚染マップを選ぶ問題でした。この問いの正解は、先ほどの報告にもあったとおり、左上です。ちなみに、右上の図は、半減期から推定した100年後の汚染マップ。左下と右下の図は、数百年先か数千年先、いつになるか分からない架空の図です。

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既に行ったアンケート結果のうち、早稲田や東大などの学生を対象にしたアンケート結果を左上に、集会や講演会など避難者や支援者が多い場所で得たアンケート結果を右下に並べてみました。この問いでは、右下の当事者たちのグラフでは81%が正答していますが、大学生たちの正答率は20%を切っています。本当は10年たった今もすさまじい放射能汚染があり、100年たっても元通りにはならないということを当事者は知っていても、普通の学生たちは知りません。むしろ、もう汚染は福島だけとか帰還困難だけで、東京の土は汚染していないという認識のほうが大半です。

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2問目は、日本の全発電中の原子力の割合の問題です。

原発事故後、次々に日本の原発は停止し、2014年にはゼロになりました。その後、数基が再稼働しているものの、2019年の6.2%が最大で、差し止め訴訟なども全国で起きており、昨年はまた4.3%になっています。

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このグラフにも大きな差が出ました。大学生の方は、原発の電気が国内発電量の30%以上を占めると回答した人が最多ですが、当事者の分ではそこはゼロ人です。原発事故以来、国内では全ての原発が停止していた年もあり、特に首都圏ではこの10年、原発は再稼働されていませんので、実は原発が動かなくても電気が足りることが実証されているのですが、原発を止めたら江戸時代の生活に戻ってしまう、というような妙な話で議論が止まってしまうのは、とても残念だと思っています。

例えば「原発を今後も動かしていくのか」というような議論を国民がしていくのなら、このような事実は周知されていることが前提だと思うのですが、高学歴な学生たちのグループでさえこのような状態なので、ここを変えていかないと、この国の民主主義は失われてしまうと思うのです。

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今この国に足りないのは、議論と正しい情報だと思っています。僕は、バチカンだけでなく、ヨーロッパ各地での講演もさせていただいているのですが、例えばドイツではとても環境教育が盛んですし、生徒たちが学校の授業の中でも社会問題に対する議論を活発に行っている様子が印象的でした。

この写真は、ドイツのある高校の写真ですが、ステージ上での生徒らの議論にフロアの生徒たちも参加しています。福島の事故を受けて脱原発を決めたドイツでは、原発に代わるエネルギーをどうするかの議論に子どもも積極的に加わっています。このときは、原発の代わりに風力発電のプラントを自分たちの町につくるかどうかの議論を、それぞれの生徒が自然保護団体、市民団体、農業者、議員の立場になって活発な討議を交わしていました。

僕はこういう学校を幾つも回って原発事故を伝えてきました。ドイツの高校生に「ここには民主主義がありますね」と伝えたら、誇らしげに笑っていました。高校生でも主権者という自覚があるのだと思います。教育の根底に、権力は市民が監視するもの、政治は国民のものという意識があるのだと思います。

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今この国で、原発事故に関する情報は、当事者から見ると信じられないほど伝わっていません。むしろ、もう被害はなく、全てが元通りになったかのような情報ばかりが広められています。「汚染や被曝を口にするのは傷つく人がいるからやめろ」と言う人もいます。「差別につながるから言うな」と怒る人もいます。でも、本当に残酷なのは、それを口にすることではなく、既に起きてしまった事実です。目を閉じて口をふさいでいても汚染は消えません。事実を隠して、なかったことにしていたら、問題は解決しません。僕らは、当事者だからこそ、復興とか絆という美談で被害を覆い隠すことなく、これからも被害の発信を続けていきたいと思っています。

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原発事故被害者の裁判は、一番早いグループが最高裁に上がっています。ネット上ではこれらの裁判を応援する署名サイトがありますので、どうか署名にもご協力をお願いします。

3月15日には僕たちの裁判の期日があります。今メモができる方は「3月15日、東京訴訟の傍聴応援」とメモを残していただけるとうれしいです。どうか応援に来てください。

ありがとうございました。

 

小張 全生さん、ありがとうございました。とても滑舌もよくて、聞きやすくて、よく分かりました。ありがとうございました。

では、お父様の鴨下祐也さん、お願いできますか。

鴨下祐也 鴨下です。いわきから東京に避難しております。区域外避難ですね。

井戸川元町長から非常に重要なお話をたくさんいただいたんですけど、特にその中でも、今、住宅問題がまた非常にひどい。既に訴えられている方々、これは東京に避難している福島県民を福島県が訴える――県知事がといいますか、という状況。それが結審しかかっているという状況です。

そのほかにも、東京都が福島県から東京に避難している私たちを訴えようとしているという問題もありまして、それは、東京都が訴えるのは確かにその方向なんですが、国が東京都を訴えるぞと脅して、それは東京都がちゃんと避難者を訴えてないからだと、そういう、国が脅して東京都に訴えを起こさせるというひどい状況がありますが、それに関して井戸川元町長から、災害救助法の弾力運用という指示がちゃんと出ていた。まさにそのとおりなんですが、だからこそ、福島県知事が「延長をしてもらいたい」と一言言えばよかったのに、「そこを一言言ってください」というふうに私たちは何度も福島県に行ってお願いをして、幾ら言っても県知事は出てこなかったんですけれども、何度も行ってお願いして、署名も8万6,000筆以上集めて持っていっても、それでも福島県知事が「延長してください」の一言を言わなかった。

国も、福島県から「延長してほしい」というふうな話が来れば、それは打ち切りの方針が出た後でも対応を考えたいというふうに……。それは国がどこまで本気で……本気でというのは、実は裏で福島県に「打ち切る方向で」とかいうのは迫っていた。そういうような状況証拠とか周辺証拠みたいなものもありますけれども、とはいえ、表向きは、福島県がちゃんと言えば対応すると言っていたのに、それを福島県知事が言わなかったというのは、非常に重い事実だと思います。

言えば、これは確かに2年、原則2年で、そこから先、1年ずつというところがあったにしても、要請があれば、避難指示の中でも外でも――ここが重要だと思うんですけど、避難指示の内外にかかわらず全額求償できるというふうに、そういうのが明確に出ていたにもかかわらず、福島県が「もう要らない」と言って、自力の支援みたいな形で、セーフティーネット契約とかって、そういうのをやって、しかもそれに乗っけた上で、2年で、もう本当に2年ですっぱり切ってしまった。本当にひどい話だと思います。

「こっちなら大丈夫ですよ」というふうにやっておいて、それをもうきっちり2年で切って延長しない。避難者の中には「一部延長されるんじゃないか」みたいな期待もあったし、当然、それも2年じゃだめだから、打ち切りの直前には「2年のほうも延長してください」というお願いもあったのに、それを無視して、残った人を訴えるというのは本当にひどい話だと思います。

井戸川元町長がおっしゃったとおり、災害救助法では使い勝手が悪いので、本来なら原子力事故に対応した制度をしっかりつくるべきだったのは確かです。ですけども、災害救助法でもできないことはなかった。とはいえ、それで出てきたものは「子ども被災者支援法」で、そこに「子ども」ってついてしまって、大人の被害が全く無視されているというのは、あれもひどい話だと思います。

そして、その「子ども被災者支援法」の条文も私は非常に問題だと思っておりまして、「子ども被災者支援法」の条文を見ると、「当該放射性物質による放射線が人の健康に及ぼす危険について科学的に十分解明されていないことなどのため」となっていて、ここに「科学的に十分解明されてない」とかって明言されてしまっている。明言といいますか、そう書かれちゃっているんですね。

これ、私は、そうだとしても、ちゃんと対応しましょうという意図だと勝手にいい方向に解釈しちゃうんですけど、そうじゃなくて、結局、対応していないわけですから、そうじゃなくて、むしろこれ、ここに書いちゃったから科学的には解明されていないって誤解された人が非常に多くなってしまった。これは、放射線被曝は科学的には解明されている。その影響がかなり分かっている。そういう毒性物質なわけですので、それに対して、科学的に分かっていないかのようなことを私たちがその条文からイメージとして感じ取ってしまっているというのが、非常に大きな問題だと思います。

それで、今ちょうど私の背景に映っていると思われます。こちらに被曝の図があるんですが、一旦画面の共有をかけさせてもらって、こちら、事故時点ですね、こういうもの。これは資源エネルギー庁から出ているものですが、おおむね原発では同じような表示がされていました。下の部分が0.01、上が10ミリシーベルトなので、これは重要な点ですが、1,000倍の高さのものを圧縮している図になっています。下のところに原子力発電所の周辺の線量目標値、これはいろいろ書いてありますけど、原発と被曝線量の関係性としてはこの下の1か所しかないんです。原子力発電所、軽水炉、周辺の線量目標値、年間で0.05なんですが、実績は0.001ミリシーベルト未満で、この目標値を大幅に下回っていますということまで、わざわざ明言されている。

これ、数字まで入っているのは一部で、数字は入っていない場合も多いんですが、この0.001というところですよ。0.05は明確に線量目標値なんですが、これだけ低いから安心して運転してますよ、増設する際も現実にこれだけ低いんだから、目標は0.05だけど本当はもっと低いんですよ、だから安心して運転できるでしょう、というふうに言ってきていたわけです。ほかにはこの図には、原発と線量の関係値というのは入っていないんですね。にもかかわらず、事故後、20とか。20ってこのスケールに入り切りませんから。そして、事故後、これが……。今はこういう図になっていますね。この50マイクロシーベルトは、一部では書いてあるけど、もうこれは書いてなかったりする。この場合だと、一番下から上までの桁は1万倍以上。10万倍近くのものが圧縮された図になっちゃっていて、これでは危険性がよく分からないですね。

これは、東海第2の「テラパーク」に行くとこういう図がありまして、下のところはちゃんと0.05。この0.05のところを、線量目標値は別にその後修正したりしていないので、このまま運用されています。私はこの「テラパーク」の0.05の部分が消されてしまうのではないかというのをとても心配している。皆さん行って写真撮って、記念撮影とかこの前でしてきてください。これが消されたら「何でこんなの消したんだ」ってちゃんとやらないといけないと思います。

ちょっと今、これは横倒しになっていますが、現在の広報誌だとこのような表示になっていますが……。さっきの横倒しのは古いほうですね。新しいほうだと、もうこれは消えちゃっているんです。原発の放射線に関する広報をしているはずなのに、原発と放射線の関係性が何も書いてない。「何を言ってるんだ」という、そういう広報誌になってしまう。これは、0.05が、福島県内どころか、0.05で考えますと福島県境も越えて、那須とか茨城県の高い場所とか、そういうホットスポットなんかでは全く0.05を守れない状況が10年以上たっても続いてしまっているという状況なんですね。

1ミリシーベルトだとか20ミリシーベルトの問題ではなくて、実際に原発は1ミリと言っていなくて、0.05ミリシーベルトでやりますよ、しかも実際はもっと低いですよということを言って運営を続けてきていた、という事実があるわけですね。

そして、先ほどの図だと、圧縮がかかっていて分かりにくくなっちゃうので、これは直線にしました。そうすると、0.05というのはこの位置なんですね。目標とはいえ原発はこれだけの被曝しかさせません、現実にはもっと低いんですよ、という広報をしていたのにもかかわらず、今20ミリシーベルトって全然入らないんですよ。1ミリが50センチで、2ミリ、1メートルで書いたんですけども、20ミリシーベルトってこのスケール感でいくと10メートル上空です。そこまで引き上げてしまったというのは本当にひどい話です。

それも、空間線量だけで話をしちゃっているので、実際には、今回の甲状腺がんがたくさん出てしまっている件なんかも、吸入の問題が非常に大きいわけですから、そうすると、20ミリ以下になっているとか言っても、これはガスが噴出するような状態では甲状腺がんは多発して当然な状況なわけですね。先ほど菅野さんだったかな、スクリーニングをやったときに10万cpaも超えてしまったと。あれ、もともとは1万3,000というふうになっていて、1万3,000を超えると甲状腺がんの危険性があるからヨウ素剤をのまなきゃいけないという話だったのに、国は指示を出さないし、自治体の長も出さない方が多かったり、井戸川さんは出したけども、いわきの市長は、配ったけど、指示があるまで飲むなと言って、結局、指示を出さなかったら、結局配っただけで、飲ませなかったも同然です。

そんな状況で、いわきでは今、40人ぐらい子どもの甲状腺がんが出てしまうというひどい状況になっていて、それすら原発事故のせいだというのを認めないものだから、被害者が結局、裁判に訴えるしかなかった。11年たって、チェルノブイリですら7年で認めたのに、福島では10年たっても認めずに、これから裁判で争わなきゃならないというのは、本当にひどい話だと思います。

 

井戸川  ちょっとね、1万3,000じゃなくて、最初に私たちが受けた指示は6,000cpmですからね。最初に指示を受けたのは6,000cpmですから。それからだんだんと引き上げていったんですよ、かなわなくて。現場が高いから。最終的には、だから本当は6,000cpmで測れることの、いわゆるバックグラウンドですね、そこまでバックしないといけなかったんですよ、スクリーニングするためには。そうすると、福島県内でスクリーニング検査をしちゃいけなかったんですよ。バックグラウンドが高いから。

 

鴨下(祐)  それは避難した後、ちゃんとやればよかったんですね。

井戸川 それは、福島県は知ってます。知っててもやらなかったということですよ。

鴨下(祐)  しかも、その10万というのは、測定器の振り切れいっぱいが10万だから、それ以上に設定できなかったという話。本当にこれはひどい話だと思います。

井戸川 もう最悪のことをやったんですよ、福島県は。だから皆さんの避難の妨害をしたということですよ。これ、傷害事件ですからね。単なる、皆さん、泣き言で収まる話じゃなくて、れっきとした傷害事件なんですよ。

 

鴨下(祐)  はい。ぶん殴られたのと同じようなことかなと思います。病気の原因ですからね、被曝は。ありがとうございました。

 

小張  ありがとうございました。でも結局、この問題を放置するということは、茨城で東海第二がもし無理やり再稼働してしまって事故が起きたら、すなわち私たちの身の上に起きることなので、そういう意味で私は皆さんの経験や意見を真摯に受け止めて聞いていただかなきゃいけないなということでこの企画を続けているわけなんですが、本当に鴨下さん、ありがとうございました。

では、ここで、青木さんも含めて、4人の方が全員で、座談会というか、意見交換をしたいかなと思います。

青木さんから一人ずつ、短い時間で、ほかの方の意見も聞いた上で、言い足りないこととか、言い忘れたこととかありましたら、お話しいただければと思うんですが、青木さん、いかがですか。

 

鴨下(全)  私、井戸川さんの話で気になるところが少しあったので、ちょっと話します。

確かに、町長の話で、経営能力がというのはあると思うんですけど、もし国からの支援を何も考えないで経営能力だけで行くんだとしたら、国がしっかりと助成金とかお金を、地方交付金とかちゃんと、たくさん上げなかったとしたら、それってお金が増えないことになるので、稼げるところがもうかって、ほかのところは、稼げるところからどんどんお金を収奪されていくというふうな状況になって……。東京とかは稼げるからお金がどんどん入ってくるけど、それ以外の地方自治体はどんどんお金を吸い取られて、経済が回らなくなっちゃうという状況になってしまうんじゃないのかなと思っていて……。

確かに交付金なんかに甘えるなというのはあると思うんですけど、でもしっかりとお金を出すこと。そういった原発じゃない交付金をしっかりと出せというふうに要求することは重要だと思うんですけど、お金がないのは経営能力がないからだというのはちょっと違うかなという気がしたんですが、その辺、どうでしょうか。

 

井戸川 はい、お答えしましょう。

原発があるのは全国で何か所ありますか。原発のない市町村は何か所ありますか。あそこは原発がないからやっていけないと、みんな破産してますか。

先ほど隠岐の海士町の話をしましたけど、離れ小島ですよ。あれが今、人口が増えて、豊かなんですね。原発の金は行ってませんよ。だから、それを踏まえて、経営能力だと言ったんですね。

あなたは少し、そういうお金にこだわり過ぎて、お金から少し頭を離して、もっと広く世の中を知るべきだと思いますね。そんな、お金のために原発だって思い込んだらば、あなたはちょっと人生、狂ってしまいますよ。

鴨下(全)  もちろん、お金のために原発が必要というのは明らかに間違っていると思うので、しっかりと、原発以外のことで人が入るような政策を打ったり、助成金を出したりということが必要なんじゃないのかなと僕は思うんです

 

井戸川 昔から私が思っていたのは、補助金がないと仕事できないという町民がいたんですよ。だけど、補助金というのは全額じゃないんですね。わずかなんですよ。あとは自己資金が必要なんですね。そうすると、補助金に縛られてしまうと、自己資金を用意しなくちゃならない。補助金に頼らなければ自己資金で運営できるということで、だから、財布の中身で生活をするようになるんですけども、交付金なんかばっかりあてにすると財布以上のことをあてにするわけですよね。だから健全経営じゃないということ、そもそも。

全生君の生活が、補助金がないと生活できないという状態じゃないでしょう。自分で何とかやりくりして、今生きてますよね。

鴨下(全)  それは仕方がない話ですよね。

井戸川 仕方がないんじゃなくて、それが基本なんですよ。その、もらうという考えが、もらうという根性というか、私は余り好きじゃないんですね。だから、もらわないやり方を私は目指してましたので。

鴨下(全)  それができる自治体はいいと思うんですけど、やっぱりできなくて、どんどん経営状況が悪化している自治体もあるので……

井戸川 あなた、どのぐらい見てますか、世の中。

鴨下(全)  もちろん井戸川さんなんかに比べたら、全く生きてはいないんですけど……。

井戸川 ちょっと、もう少し世界的に物を見たほうがいいと思いますよ。地球的に。

だから、幸せというのはお金じゃないんですよ。一番はやっぱり心なんですね。そして、自分がちゃんと物を言えて、自分が行動できる、そして自分で自分のことを始末できるのは、最高の幸せなんですね。それを、頼り過ぎると、もう他力本願になっちゃうから、人を恨むようになってしまうんですよ。人を恨むというのは、期待をし過ぎるから。「それを望むな」と言うつもりはありませんが、あなたたちに言いたいのは、就職のために勉強しちゃだめだということですよ。職を求めるために

そうじゃなくて、自分たちに力をつけるための勉強をして、社会から「あなたが欲しい」と言われるような人材になることなんですよ。それが自力で生きていける条件ですね。そうじゃなくて、「何とか就職させてください」と言った時点で相手に拝み頼むようになってしまって、自分でなくなっちゃうんですよ。

 

鴨下(全)  でも、やっぱり自分の周りにも、例えば、勉強したいけどお金がなくて、受験料を支払っただけで、お金があと数百円しか残ってないけど1か月回さないといけないみたいな、そういう人とかいるんですよね。そういう人たちは、自己責任と言えるんでしょうか。

井戸川 私は、家庭の事情で大学に行けませんでした。行くことをあきらめました。年寄りの親を頼って、お金を出させるわけにいかないから、あきらめました。そして、今があるんですよ。それだけ自分で努力しました、その後は。自分で知ることをして、勉強して知ることに励んで、そして何とか世の中を生きてきました。かろうじて町長までやりましたけども、私は、だから、自分の環境の中で生きてきたんですよ。

鴨下(全)  本当に井戸川さんのような人はすごいなと思っていて……。

というか、そもそも原発の話で言っても、今まで推進していたのにそれを悔い改めて、多分、同じようにやっていた自治体というか、人たちからはすごい攻撃を受けたと思うんですね、井戸川さん。でも、そういったことを恐れずにしっかりと自分の意見を発信して、そういった国に流されることなく、しっかりと意見を発信しているというのが本当にすごいなと思っていて……。

井戸川 私は誰からも攻撃されたことはありませんし、今もありません。

鴨下(全)  あ、本当ですか。

井戸川 私の耳に届いていませんよ、攻撃は。

鴨下(全)  あ、そうなんですね。

 

井戸川 だから、自分のことはちゃんと自分で伝えるということをやっているだけで、誰かから聞いたことをしゃべることもなく、自分で得た証拠に基づいて毎日しゃべってますので、誰からも攻撃されることはありません。

鴨下(全)  ああ、それは本当に、井戸川さんがすごい強い発言をしているからなのかもしれませんね。僕とかだと、いろんなところから突き崩そうとするような攻撃を受けるので、何かそういったことがあるのかなというふうに……。特に今までと立場が変わるような発言をしている人は本当につらいんだろうなと思っていたんですけど、いや、それはすごいなと思いました。

 

井戸川 私は原発推進派ではありませんので誤解しないでください。原発のある町の町長をやりました。町長をやったがゆえに原発と共生の道を選びました。しかし、私は、原発ができるとき、あなたよりももっと若いとき、中学生のとき、父親に原発反対を頼みました。この原発は必ず将来壊れるから反対してくれと頼みました。だから、当時からその気持ちがあって、原子力産業に就職することは、私は選びませんでした。ずっとずっと原発は反対です。誤解しないでください

鴨下(全)  すみません、ありがとうございます。

 

小張  今、チャットが幾つか入っているので読んでいいですか。

「井戸川さん、双葉町は今も予断を許さない原発を抱えた状況にありますが、11年目にして復興住宅をつくり、町民を帰還させようとしています。会社も誘致されています。このことについて、現町長に申し入れたり、話し合ったりすることはありましたか。」

井戸川 今の話ですけども、去年の暮れかな、町政懇談会のときにちょうど今の町長と2人でトイレに立ったときに、「違法はだめだからな」と言ってきました。「違法行為はするなよ」と。違法行為というのは、20ミリシーベルトで住民を帰すことです。20ミリシーベルトは法律にありませんから。だから、これからどうするかは分かりませんが、「違法行為はだめだぞ」ということだけは言っておきました。

 

小張 分かりました。

じゃ次ですが、国の交付金などは、沖縄の状況を見ても、国の言うことを聞くところに出すような、あめとむちを使い分けています。町長の経営能力も大切ですが、住民の自治力アップも大切だと思います。これは質問ではないですね、意見です。

次に、住民の自治力アップという視点はとても重要だと思います。井戸川氏の発言は、補助金に頼り過ぎず、身の丈に合った自治体運営をということでしょうか。

じゃこんなところはいかがでしょうか、井戸川さん。

 

井戸川 私のいとこがいまして、彼は死にましたけども、「双葉郡に来ると、あの煙突見て騒がないんだね」と言ったんですよ。「関西だと、あの煙突を見るとみんな騒ぐよ」って。「風下で何か降ってくるからどうしてくれるんだと騒ぐけども、双葉郡民はおとなしいんだね」と言われてました。私もそうだと思ってました。

そこで、交付金について申し上げますと、東北地方は特に交付金に頼ります。それから、四国、九州においても、交付金に頼ります。行ってみると、その交付金は何に使われているかというと、公共事業という、そういうところにお金が回っていて、絶対、住民には直接行ってませんので、住民が豊かになることは決してありません。だから、「交付金がなければだめだ」と思っている国民の皆さんがいたらば、「自分でその交付金を手にしたことありますか」と言いたいんですよね。ただ単に公共事業族を太らせるだけで、そこに働く人は幾らかは収入あるでしょうけども、利益は回っていきませんので、利益のために交付金というのは来ませんので。

だから、やはり冷静になって、江戸末期のときに日本のそれぞれの諸藩は何をやったか。米沢藩は何やった、伊達藩は何やったかということを思い出してほしいんですね。江戸に頼ることができなくなったから、自分たちで生きていくことを編み出したわけですね。伊達藩は貿易に力を入れる。山形県の寒村では、身の丈に合ったものを食べて耐えしのぐというか、お金を出さないで暮らせるようなことをやるとか、それぞれの諸藩が知恵を出して生き延びることをやったんですね。それをやれなかったところもあったと思いますけども、やるしかないんですよ。なければ、ない袖の中でやるしかないんですね。

で、大事なことは、教育ですね。教育に力を入れて、住民たちに力をつけさせることによって、いろんな意味での豊かさがまたカムバックしますので、そのような考えが私は大切であって、何か、庁舎が、立派なものが建つことがその自治体の豊かさだなんてばかな考えを持ってもらっては困るんですよ。庁舎なんていうのはプレハブでいいんです。そのかわり学校はちゃんとしてあげないといけませんから、そういう庁舎とか体育館とか公共建物に物すごいお金をかけているところがありますけども、あれは無駄の象徴なんですね。豊かさの象徴じゃなくて無駄の象徴ですね。

だから、交付金云々で言われるのであれば、それぞれの皆さんの自治体の財政状況を見てください。どういう財政状況になっているのか。どのぐらい豊かさがあるかというのを。交付金がなくてもやっていけるようになっているところもありますから、それは不交付団体と言って、交付を受けない団体。これは東京都もそうですけども、日本に何か所かありますけど、ほとんどは借金体質で、交付金というか、おねだりしているんですね。したがって国の言うことを聞かざるを得なくなってしまっているという。

国が統制しやすいのは、交付金でもって首根っこをつかむことなんです。国民の不都合なことも、交付金でもって国は住民を牛耳るというのが国を治める今の日本のやり方ですから、皆さんは、交付金、交付金って国民自身が言っちゃいけないんですね。交付金がなくてもやっていけるような首長を選ぶことなんですよ、大事なことは。以上です。

 

小張 はい、ありがとうございました。

今入ってきたのは、井戸川さん、未成年者は学びの時間ですので、自己責任論などはもっとやさしく諭してください。同じ年代の子どもを持つ親として見ていてはらはらします。これは多分意見ですが、一応お伝えしておきます。

それで、あと時間が、4時まで20分になってまいりましたが、私は、今回、避難問題ということで、マスコミも、原発事故で皆さんが避難したときのニュースというか、取材というのはほとんどテレビとか新聞に出てきてないんですね。だから、どういうことが起きたのかというのは知らされていないと思うんですよ。

この間、井戸川さんが川俣町に避難していたときに途中で食料が切れてしまって、飢餓状態に陥ったというお話を聞いて、10年間いろいろお話を聞かせていただいていたのに初めて聞いてびっくりしたんですけれども、「何で今までその話をされなかったんですか」と言ったら、川俣町に世話になっているのにそんなことは言えなかったという……。井戸川さんのやさしさだなと思ったんですけれど。

そして、避難というのは地獄なんだというふうなことを前の講演会のときにもおっしゃいましたが、例えばトイレとか……TKBというのがスフィア基準で一番問題だと。トイレとキッチンとベッド、この3つが日本の避難所では非常に劣悪だと言われているんですけれども、双葉町が避難したときの状況とか、どんなふうに大変だったかというのをちょっとお話ししていただけるとうれしいんですが、いかがでしょうか。

 

井戸川 自分の居城ですね、自分の社というか、そういうところをなくすと、全て舵のとり方ができません。今、青木さんが言われた、石田さんのところに行くこともできませんでした。確かに石田さんとそのほかの方も餓死している方も後で知りましたけども、その当時、救助に行くことはできませんでした。それは、自分のところにちゃんとした役場があれば幾らでも行動できたんですけども、役場自身がもう避難者になっているわけですので、何せあのときは、自衛隊の方に頼んで双葉町に入ってもらって捜索をお願いしてやるしかなかったんですね。それをお願いしました。こちらは動けなかったんです。それだけ、避難するというのは、避難計画なんていうのは、何か簡単に原発の立地の首長さんたちは考えているようですけども、避難計画そのものがもう最悪ですので、「避難させられないために原発を避難しなさい」と言うべきなんですよ。

これは本当に、手足をもぎられた状態で、舵のない船に乗っけられた状態なんですよ。だから、食事の問題だって何だって、とにかく耐えるしかなかった。寒さも耐えましたね。川俣のときには寒さもひどかったから、川俣高校なんかは大きな体育館でしたから、かなり寒さを私は町民から訴えられました。

もう手の施しようがない。段ボールの1枚も自分で自由にできない状態でしたから。食事もつくるほうは大変だったんですよ。川俣の皆さんは、川俣に避難した南相馬、浪江、双葉で6,000人くらい避難したと思うんですけども、最初はね。そうすると、3食、2個のおにぎりを6,000人分つくるということは、すごい量なんですよ。想像できない量なんですね。1日。そしてその使う米も相当な量で、保有する米が川俣町からなくなったという話も聞いたことあるんですよ。そして、自分のところで保有していた米を1袋ずつ持ち寄ったという状況も話に聞いてましたので、霞が関の連中は相変わらず自由気ままに生きていたでしょうけど、私たちはがまんの連続だったんですね。そのおにぎりを握ってもらうだけでも大変な労力ですから、その労力の中で、またおにぎりが割り当てられないところもあったり、いろんな受け入れ先の状況によって変化があったんですね。味噌汁を出してくれたとか、おれんとこはそんなことも何もなかったとか、何もなかったっていろんな苦情が役場職員に伝わってきて、私のところに報告されるわけですよ。

じゃ、どこにそれを訴えればいいのか。要するに原発事故時のマニュアルがあれば訴える先はちゃんとあったんですよ。それがなかったんですよ、今回は。訴える先が。合同対策協議会というのをやってませんから、国は。そこがあれば、そこの席上で議論して、「双葉はこういうのが足らない」とか「大熊はこれが足らない」とか何とかって言えたんだけど、全部それを外されちゃって、地元は。だから、住民たちはその影響下にあって非常に苦労した。

この次の原発事故があったときには、多分にですよ、20ミリシーベルトというのは簡単につくったわけではないと思うんですね、国は。悪意があって20ミリシーベルトに抑えていると思いますけども、今度、「20ミリシーベルト以下だから避難しなくてもいいよ」ということが言われるはずですので、「前例として福島県では20ミリシーベルトで避難解除したんだから、今度起きたところは20ミリシーベルト以下だから避難しなくてもいいよ」と言われることが予想されますのでね。とにかくこの避難ということは、避難計画をつくったから云々といろんなところで今言っていますけども、避難計画なんかなくたっていいんですよ。避難させない方策、これを政治的に、あるいは行政的にやればそれで済むはずなんですよ。原子力発電所から放射能を出させないことなんですね。

原発事故は地震、津波ではありませんから。原発事故の云々というのは、発電所から放射性物質を一般環境区域に出したということが原発の事故なんですよ。JCOの事故もそうですし、どこでもそうなんですね。発電所から放射性物質は、出しちゃいけないものを出す。だけど、今回、出しちゃったことに対して、20ミリシーベルトという基準をつくってしまったということは――これはつくられてはいないんですよ、あれは違法ですから。法律ではないんですけども、それを納得させることによって、今度、避難というのは、苦労させないと。そのかわり被曝はたっぷりさせるということになりますね。私は被曝をさせたくなかったから、どんなことがあっても、どんな苦労があっても、とにかく住民を避難させなければならなかったという……。

これは後年度障害を心配したんですよ。これから5年、10年、30年先に、50年先に何があるかわかりませんから、それを心配して、私は住民たちを離さなくちゃならない、とにかく離さなくちゃならないと必死だったんですね。

避難生活というのは、耐乏、耐えることしかありません。いろんな犯罪がその中にはありました。これはちょっとここでは言えないぐらいのハレンチな犯罪もありました。がまんと、それから避難というのは、ふだんは顔を合わせなくてもいい町民まで全部ひっくるめて避難させるわけですから、その中にはタチの悪いのもいるわけですよ。何かしらクセのあるのがいるわけですよ。それらを全部まとめて避難させるということは、受け入れた町としては非常に困難を伴うわけですね。あいつは苦情ばっかり言っているとか、あいつは暴れているとか、あれは何やった、かにやったというのが伝わってくるわけですから。

避難させたことが、まずとにかくひどいという。避難生活、計画というのは、日本では今もってつくってませんから。避難させた後の計画というのはつくってないから、今、仮設住宅というか、この借り上げ住宅から追い出そうといったって、そういう法律があれば、こういう追い出される人もいないし、あるいは、20キロという机上論でつくった避難エリア外の人は自主避難だなんて勝手なレッテル貼られる必要ないですよ。自主避難じゃないんです、皆さんは。被害者なんですから。1ミリシーベルト以上の方は全部被害者なんですから、だから自主避難と言っちゃいけないんですね。必要に迫られた避難だということ。

いろいろ取り留めのないことをいっぱい言いましたけども、とにかくそういう、人をひっくるめて避難させるということは、いろんな……。それでなくても、平穏のときだって、人には好き嫌いありますから。あるいは、いろんなクセがありますから。それを全部1か所に収めるということの困難さ。

それから、人のところにお世話になっていて、自由に物が言えない。あれ食べたい、これ食べたいも、あれやりたいとかいうことは決して言えないという。まあ寒いぐらいは言えますけども、それ以外のことはなかなか言えないという。それで、避難するということは、避難先で差別があります。車に傷つけられたり。例えば、これ言っちゃっていいのかな、少しだけ言います。

避難者のくせに、避難者のくせに酒飲んでるとか、避難者のくせにパチンコやってるとか、避難者のくせにウナギ食ってるとか、そんなことまでささやかれてしまうんですよ。そうすると、そういうのを、大人がしゃべっているのを子どもが聞くわけですよね。それを聞いた子どもが学校に行って子どもをいじめるんですよ。これが今度、ウクライナの国民の人たちがそういう思いをするようになるんですけども、これは最悪の悪事ですね。避難させるという行為は。

はい、以上です。

 

小張 ありがとうございます。そのほか何か聞き足りなかったことがある方、手を挙げていただいて。鴨下さん、どうぞ。

 

鴨下(祐) 避難することが被害なんだ、本当にそのとおりです。もちろん放射線被曝の被害を避ける、まずそれがあるわけですけども、ただ、もう出てしまった以上、避難せざるを得なくて、そして避難すること自体が非常に危ないわけですよね。

今、うちは妻が実家で父を見ていますけども、あの状態では避難はできないです。実際に東海村で老人ホームを運営している方がおっしゃっていましたね。原発が近いから、事故が起きたらもう避難させることはできません。お世話もできません。だけど、職員は避難させるけど、私が入所者の最後を、その場でもう世話できなくなって、放置されて死んでいく方を見守ります、そういう形になるけども、よろしいですかということで引き受けていますというふうにおっしゃっていました。

まさに本当にそのとおりで、病気の方は避難されたら死んじゃうわけですね。実際に福島の事故でもたくさん、既に弱っていた方、病気の方、高齢の方が、避難させられたせいで死んでいるわけですけども、ただ、それは、放射能を避けるために避難するしかないし、その方々をそこにとどめるためには、健常な人もその世話をしてないと死んでしまう。だから避難せざるを得なかったというわけなので、井戸川町長が繰り返しおっしゃっているように、本当に避難させられたら大変だ、避難させられたら死んでしまう、だから、避難させられないようにするためにはどうすればいいか。原発を止めるしかないよね。本当にそのとおりなんだと思います。

そして、福島県庁で知事があれだけひどい放射性のガスが出ている状況で窓を開けさせて、私もびっくりしたんですけども、東海村なんかだと、建物の設備に放射能が入ってこなくするための、密閉して空気清浄する、換気する機械がついてますけど、立地自治体じゃないとついていないわけですね。今回の福島県の原発の事故でも、立地自治体じゃないところまで、福島県庁まで汚染が行ったわけで、せめて窓は閉めて当然だと思うんですけども、そういうような装備もしてない中で、危機管理の対応をしなきゃならないような状況というのも非常に無責任な話だと思いますし、特に東海の場合だと、30キロ圏内の自治体が結構、再稼働に反対していたり、疑問を上げている声が多いわけですから、庁舎の対策がなされてない状況で事故にどう対応するんだというのも大問題だと思います。もちろんこれはそういう設備をつけろということではなく、結局、そんな状況で運営しなきゃならないのは、そもそも机上の空論なんだということですよね。

あと最後に一言。1ミリシーベルトが確かに国内の法体系としてはとられていて、当然、1ミリは最低限守れということだと思うんですけども、私は、1ミリ以内の被曝ならさせられていいなんていうことは、全く許可をしたつもりもないし、思ってもいないんです。その点は、最低限1ミリは守って当然ですけども、1ミリまでの被害なら受けてもいいなんていうふうに言っている方は、本当に稀なんじゃないかと思います。

ですので、その点で行くと、原発は最初から0.05ミリシーベルト、年間0.05ミリと言って、しかも実際にはもっと低かったんだという言い方をしてやっていたんだから、私はこれをきっちり守れと。これを超えた分は全部被害だというふうに私は理解して、そう訴えていきたいと思っております。

 

小張  ありがとうございます。放射性物質の被害というか、毒性というか、害毒というか、そのことに対する知識というか知見が余りにも足りない。井戸川さんの場合は、放射性物質に対する危険性を自覚されていたからこそ遠くに逃がさなきゃいけないというふうになったんだと思うんですけど、ほかの自治体の首長さんたちはそういうことを多分知らなかった。線量計だって持ってなかったと思うんですよ。馬場町長さんにもお会いしたことありますし、ほかの町長さんのお話なんか聞いても、そういう、実際のそのときの数値というのは全然出てこないんですね、今調べても。例えば、2011年3月11日にここでこのぐらいの線量があったなんていうことは一切隠されていて、隠蔽されていますので、その知識を私たちが身につけるように、国は副読本や何かで、子どもたちや何かに莫大なお金を出して、リスクコミュニケーションとか言って「放射能は大丈夫」って宣伝してますので、それに抗っていかなきゃいけないなと思っています。

ここで、もう4時になりますので終わりたいと思うんですけれど……

青木さん、どうぞ。

 

青木 今後、こういう状況の中で政府は再稼働をどんどん進めていくというところがあります。井戸川さんにお伺いしたいんですけれども、脱炭素を理由に原発をどんどん進めていくという政府について、どうして政府は原発を進めていくかという本音の部分については、何があるというふうにお考えでしょうか。

 

井戸川 霞が関のロビー活動でしょうね。原発に反対している国会議員の方と話をしたことがあるんですけれども、話の端々に出てくるニュースソースというか、もとは、官僚らが吹き込んだものが出てくるんですよ。「それ違うよ、それは官僚用語だよ」と、何回かただしたことあるんですね。

国会議員は議員会館に官僚を呼び込んで学習するという、これが一番悪いと思うんですね。だから、安倍晋三が「0.3平方キロメートル」なんてばかなことを言っているわけですよ。安倍晋三が0.3平方キロメートルの現地を見れば密閉されていないことは分かるわけですよね。常に海水が入り乱れているというのが。全部、官僚に洗脳されていることなんですね。

だから、国会議員の洗脳を食い止めるのには、国会議員に直接いろんな情報を伝えることじゃないでしょうか。偏った情報しか行ってないと思うんですね。原発をやることは自然環境を害することなんですよ。これはCO2じゃなくて、海水温を上昇させるんですね。海水温の上昇の最大の原因は原発です。だから、北極の氷溶けるのも、恐らく原発の海水温の上昇じゃないでしょうか。

だからそういう意味で言うと、全く、国会議員たち、はっきり言うと原発の政治献金に頼っている連中なんですね。政治献金、これに頼っている連中ですよ。見てみると、原発が必要だと言っているのは何かしら裏があるんじゃないかなと私個人的には感覚を持っているんですけども。本当に地球環境を守るんだったら原発はやめるべきですよ。

 

青木 ありがとうございます。

 

小張 本当に尽きない議論なんですが、また次回を考えたいと思いますので、言い足りなかったこととか何かありましたらメディアなんかでお寄せいただければ、いろんなサイトで、今日のアーカイブのことも含めてインフォメーションしていきたいと思います。いろいろ足りないこともあり不手際もございましたが、皆さんご協力ありがとうございました。

これで終わらせていただきたいと思います。どうもありがとうございました。

(了)